「論語と算盤」逐次解説 第11回 

文聞亭笑一

41、ひとは何のために生きるか

人として生まれたからにはその目的を持ち、やり遂げねばならぬが、世の中には二通りの人生観があるようだ。

ひとつは自分を主とし、他人や社会を配慮せず、自己の本能を満足させ、自我を主張するを以て能事終われりとするもので、これを主観的人生観と名付ける。

もう一つは君父や社会を主とし、自己のことはさておいて努めていこうとする態度で、これを客観的人生観と名付ける。論語には「仁者は己立たんと欲してまず人を立て、己達せんと欲してまず人を達す」とある。私は客観的人生観に与する。

近世と現代の大きな価値観の違いはこの部分でしょうね。戦後の教育は、渋沢栄一が言う「客観的人生観」を是としてきた思想体系から、「主観的人生観」へ大きく舵取りを変えました。

それも少々極端な程の変え様で、それ以前のものには「古い!」と「悪」のレッテルを張りました。

戦時中の、軍部や大政翼賛会による「お国のため…」と称する異常なまでの締め付けへの反動でしたが、明らかに行きすぎです。

行きすぎた日教組の価値観と、その残骸を引きずる専門家、マスゴミが、未だに行きすぎた主観的価値観を主張します。

企業内部でもこの問題はよく論争になります。全社的観点、グループ全体の経営状態を見ての「全体最適」と、事業単位や、部門単位の判断による「個別最適」がぶつかります。

コロナについても同じことで、数が限られたワクチンに我も我もと手を上げます。野放しにしたら収拾がつかないことになりますから、国家で定めた統一基準で進てほしいものです。

42、東西の融合はできぬのか

宗教というものがある。いずれも人間の踏むべき道理を説くものである。

神様とも言うが、西洋では耶蘇(やそ)と言い、東洋では仏と言い、世界中で違う流派に分かれるのだが、西洋の流儀は積極に説き、東洋の流儀は幾分か消極に説いてある。

たとえば論語では「己の欲せざるところ、人に施すなかれ」とあるのに対し、耶蘇では「己の欲するところ、これを人に施せ」と反対に説いてある。

が・・・「悪いことをするな」という言い方と、「良いことをせよ」という言い方の違いで、どちらも同じことを言っているのだ。

互いを主張し合うだけで、宗教の差で戦争をするような愚は避けたいものである。

渋沢栄一は昭和6年に亡くなりますが、その後に第2次世界大戦が起きます。

更には世界中で戦争は無くなりません。しかもその戦争には何がしかの宗教が絡みます。中には原理主義を名乗るような狂信的な勢力が現れて、栄一の描いた夢を踏みにじります。

東洋の哲学は「…するな」と言い、西洋の哲学は「・・・せよ」という。

流石ですねぇ。こういう差があるとは思いつきませんでした。確かに消極風表現と積極風表現のニュアンスの違いがあります。

ただ、現代ではこれを東洋、西洋では表現できません。東洋思想の発祥地・中国は目下、共産主義と言う西洋思想、いや宗教を信奉しています。

43、日々革新を要す

社会の事柄は年を追うごとに進んでいるようにも見える。また学問も内から、外からと、次第々々に新しいものをもたらす。社会は日に月に進歩するには違いないが、世間のことは久しくすると、その間に弊を生じ、長は短となり、利は害となるを免れぬ。 

・・・・・・・・・・略・・・・・・・・・

ところが今日の状況は、天下の人心帰一するところが無く、宗教もまた形式となって、お茶の流派、流儀と言った憾(うら)みがある。民衆に向かうべき道を教えぬ。

科学技術の進歩は、将に栄一が言う通りで日進月歩です。高度成長期には「日進月歩では間に合わぬ、わが社は秒進分歩で行く」などという看板を掲げた会社もありました。

革新の早さは栄一の時代をはるかに上回ります。その意味でコロナ禍の15か月は、近年に珍しく停滞の期間であったかもしれませんし、テレワークなどという働き方改革を一気に進める契機であるかもしれません。

ディジタル音痴では「オヨビデナイ」時代になりました。スマホも扱えないようでは、明治に流行った仇名、「丁髷(ちょんまげ)さん」と同じ目で見られそうです。

引用しませんでしたが、栄一がこの章で例を引いているのは官僚機構の「前例主義」です。

自らの若い頃の例も引いて「幕府を滅ぼしたのは、幕府である」などとも心情を吐露します。

宗教の問題については、若い頃の「狐付騒動」の話を、一小節を使って書いています。

テレビドラマで放映された部分の原作は「論語と算盤」でした(笑)

44、真正なる文明

文明と野蛮は相対的なもので、どれを文明といい、どれを野蛮と言うか絶対基準はない。

しかし、国家を単位として考えた時、文明の基準となるのは国家機構、法制度、社会インフラ、そして人材(教育)であろう。

国力とは、ややもすると軍事力に目が向くが、真正の文明は強力と富実とを兼ね備えうるものでなくてはならぬ。

我が国の富実の根本たるべき実業の養成は短日月ではなし得ぬ。それもあって、我が国の富力はすこぶる欠如している。

吾が帝国において、今日最も憂うることは文明の治具を張るために、富実の根本を減損して省みぬ弊である。

最終節は明らかに軍部批判です。文明の治具(じぐ)は痴愚(ちぐ)と読ませたいかもしれません。

「文明の治具を張るために、富実の根本を減損して」 経済インフラの整備をするどころか、インフラを破壊してまで、軍備増強に血道を上げる軍人内閣への警告ですが、渋沢栄一をもってしても、昭和の始めではこの程度しか書けなかったのでしょう。

生涯に500の会社と、600の事業を創設した渋沢栄一にとって、大正期から昭和へと移る日本経済はまだまだ「ひよこ」「苗木」だったのでしょう。

「ここからが肝心」と言う時に経済音痴の軍部がインフラを壊していく・・・そのもどかしさが出た一文でしょうね。

海軍は「大艦巨砲主義」に走りますし、陸軍は満州への進出に躍起になっています。

昭和初期から戦時ムードが漂います。