万札の顔 第39回(最終回) 渋沢栄一名言集
文聞亭笑一
時代は大正から昭和へと移っていきます。実業界を引退しても、国を想う栄一の心は民間外交として欧米との貿易摩擦の解消を目指し努力を重ねます。
が、その思いとは裏腹に、夜郎自大化した日本の政治家、経済人、そして一般大衆も中国侵略、海外進出に突き進みます。
夜郎自大・・・身のほどをわきまえず、偉くなった気分に酔って尊大に振る舞うことですが、大衆をそのように誘導してしまったのが新聞でした。
日清、日露、そして第一次大戦と政府の外交を「弱腰」と非難し、軍備増強に走る軍部を英雄視してしまったのです。
それが・・・無謀な戦いへと軍人たちを追い立てていきました。
その反動ですね。戦後のマスコミは「戦争反対」に、異常なまでにこだわります。
「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」という教えを唱えますが、そういう宗教を信ずる国は「毒を以て毒を制す」と核装備、軍備拡張に余念がありません。
それはともかく、渋沢栄一の物語は今回で終わりです。
栄一と慶喜・・・歴史の陰の部分に光が当たって、新しい維新史、近代史を勉強し直しました。
栄一の講演録である「論語と算盤」は紹介しましたが、栄一の孫・敬三の更に孫の渋沢健さんが「渋沢栄一 100の名言集」をまとめています。
その中から「論語と算盤」になかったもの10点を抜きだし、紹介します。
それにて、このシリーズの終わりにさせていただきます。
一年間のお付き合い、ありがとうございました。
1、「日々新たにして、また日々新たなり」は面白い。すべて物事は形式に流れると精神が乏しくなる。何事においても「日に新た」の心がけが肝要である。
・・・好奇心、下手の横好きをしていれば万年青年も可能かもしれません。趣味は巧い下手よりも遊ぶ、楽しむが基本です。60の手習いどころか、80の手習いも「アリ」ですね。
2、無欲は怠慢の基である
・・・「無欲に」は高齢者の努力目標だと思っていたのですが、「怠けもの」と言われると目標にできませんね(笑)
問題はどこに欲の目標を持っていくかでしょう。
金銭、財産などは貯めるほどに子孫の喧嘩の元になりますし、健康などは天の差配に従うしかありません。
地域社会や環境、教育など、自分のできる範囲での「お役立ち」に参加していくことでしょうね。
生ある限り・・・何かのお役立ちに参加する こういう欲は、確かに必要です。
3、悲観的の人は残酷である
・・・悲観的になるということは、自己中心になっていきます。
「もうダメだ」と絶望感に苛まれ、他人を思いやるゆとりなどありません。
最近はこういう人の起こす事件が続きます。
京アニの放火、北新地の放火、小田急電車での殺人…枚挙にいとまがありません。
社会全体が「甘やかし」の方向に向かい、精神鍛錬と言うのか、ストレス耐性を強化する訓練をしていないからでしょうね。
4、世の中のことはすべて、心の持ちよう一つでどうにでもなる
全くその通りなのですが、怠け癖や腹立ちなどが起きてしまった時・・・体勢を立て直すのが難しいですよね。
感情を制御する機能も年相応に衰えてくると・・・頑固爺と嫌われます。
5、ただこれを知ったばかりでは興味がない 好むようになりさえすれば、道に向かって進む。もしそれを衷心より楽しむ者に至っては、いかなる困難に遭遇するも挫折せず、敢然として道に進む
趣味でも、仕事でもそうですが「知る」ところから「好む」所に進み、そして「楽しむ」ことで一生ものになってきます。そういうものが沢山ある人は、人生が豊かになります。下手の横好き…大いに結構ではないでしょうか。
6、ただ悪いことをせぬというのでは、世にありて何の効能もない
「悪いことをしてはいけません」「清く、正しく、美しく」を標榜する学校もありますが・・・
何かすれば失敗はつきものですが、失敗を恐れていたら何もできません。
不良債権を掴むのは悪いことですが、売らなければ、貸さなければ、不良債権はつかみません。
かわりに、売り上げ不振で倒産します。
7、要するに習慣と言うものは、善くもなり、悪くもなるから、別して注意せねばならぬ。
良い習慣も「過ぎれば」悪くなり、悪い習慣も「たまに」なら愛嬌です。
なくて7癖・・・などとも言いますが、意識せずにしてしまうのが癖です。
他人から指摘されるのも大事ですね。
8、全て世の中のことは「もうこれで満足だ」と言う時は、即ち衰える時である。
血洗島の、中んちの奥座敷でニコニコ笑っている渋沢栄一のアンドロイドは「満足そのもの」の顔でしたが、我々はまだ「満足」してはいけないようです。
9、多くの葉を摘まんと思えば、その枝を繁茂させなければならない。 その枝を繁茂させようと思えば、その根を培養せねばならない
養蚕、藍玉のいずれも「葉」が命です。
藍の葉の品質次第で染料の色が鮮やかになります。
桑の葉が大きく厚く瑞々しければ蚕は健康に育ち、良い繭が取れます。
「菊作りは土づくり」とも言う通り、農業の基本は土壌にありますね。
企業は現場の社員を大切にしてこそ繁栄します。
10、何事にも情熱なき人がある。これを国家社会の上から見れば、酔生夢死の人間と言うほかなく、その種の人が多くなれば、即ち国は必ず滅ぶ。
酔生夢死・・・酒に酔ったように生き、夢を見るように死んでいく・・・何もせず、のらりくらりと一生をぬるま湯に浸かって過ごす・・・という意味です。
50-80問題などとも言われますが、親の年金で生活する閉じこもりの壮年・・・「その種の人」の代表ですが、着実に増えています。
そして親が死ぬと、生活保護を申請します。確かに・・・国は滅びます。
――万札の顔 了――
万札の顔はここで終わりとします。