万札の顔 第34回 How Do You Do
文聞亭笑一
前回の放送では、岩崎弥太郎の「三菱」が栄一を抱きこみにかかりました。
その前の回では、三井の大番頭・野々村が栄一を「三井」に取り込もうとしました。
それだけ・・・渋沢の合本方式(株式会社)が目障りだったのでしょう。
この当時の日本の経済界を動かしていたのは三つの勢力でした。
三井を代表とする「江戸期からの豪商系」 住友や鴻池など関西資本があります。
政府の後ろ盾で急成長する岩崎弥太郎の三菱、五代友厚などの政商と言われる新興勢力
そして、栄一が第一銀行を中核に進める合本主義(株式会社方式)の第三勢力
・・・いずれもが、現代の経済学でいう理念が違います。
利益、儲け・・・何のために利益を追求するのかについての、価値観に違いがあります。
更には国際感覚には雲泥の差が出ます。地球儀の上で商売をするのか、日本国内での商売か…
前回放映の栄一と弥太郎の宴席議論では、その差が鮮明に出ていました。
外国人接待
「接待」と言うと悪事、陰謀、談合、根回し・・・などなど陰湿な印象がありますが、「食事や、運動をしながら本音で会話する」のが本来の意味で、陰湿どころか実に陽性なコミュニケーション手段です。
これを「悪事だ!」と宣伝しているのがマスゴミで、自分たちが接待されることがないのを恨んで「ヒガミ」「ヤッカミ」を正当化しようとしています。
接待はしたり、受けたり・・・その場で重要な決め事をしながら現役生活をしてきた文聞亭としては、「接待」の言葉に抵抗感はありません。
「おもてなし」ですよ。本音を引き出すための舞台設定で、タテマエ議論を延々と繰り返す愚よりよほど効率的、効果的です。
米国の前大統領・グラント将軍の来日に当たって、接待を引き受けたのが栄一です。
南北戦争の英雄・グラント将軍。その人気で大統領に当選し、任期を終えての漫遊旅行です。外交上で、条約改変などで米国に対して政治的意味があるのかは疑問でした。
英仏独などの大使館は概ね冷ややかに見ていましたね。
「礼儀ある接待をせねばならぬ」と直感したのは岩倉具視です。
条約改変を旗印にした「洋行」は大失敗に終わったものの、国際感覚を身に付けてきた彼には事の重要性が理解できていました。
接待をするのに政府に人材はいない、財界を見渡しても三井や三菱では話にならぬ・・・。
栄一の第一銀行に頼むしかない・・・それが前回の終盤でした。
渋沢家の女たち
明治時代の外交舞台と言えば鹿鳴館ですが、グラント来日の頃は鹿鳴館どころか迎賓館的施設すらありません。
さらに、東西の礼儀作法の差は天と地ほどの違いがありました。
とりわけ、社交面での女性の立場の差は歴然で、レディーファストの国アメリカと、内助の功の日本では雲泥の差が出ます。
「欧米式で接待する」栄一は迷わず基本方針を明らかにします。
それに二つ返事で応えた千代さん、偉いですねぇ。文化勲章を差し上げたいほどの決心です。
当時の日本で、女性が表舞台に出て客を接待するのは「はしたないこと」で、芸伎や遊女のすることとされていた時代です。
握手をする・・・見知らぬ男と手を握るなどは密通、姦通罪・・・ほどの倫理観の時代です。
ハグなどしたら・・・言語道断・三下り半ですね。そういう時代に洋風の礼儀を積極的に習おうというのは勇気以上の開き直りかもしれません。
最近は「ジェンダーが・・・」とか、女性の社会進出の少なさを問題視するマスコミが声高らかに男女不平等を騒ぎ立てますが、社会進出を拒んでいるのが女性自身であることを見ていません。
「内助の功・・・」の文化は「かかあ天下」の文化でもあります。
男は外で稼いで来い、家のことは女房が取り仕切る…これが日本の伝統的文化です。
家に帰れば大臣も社長も博士も・・・奥さんには頭が上がらない・・・それが日本文化です。
ジェンダー云々を叫ぶ連中は、不幸にして相棒を見つけられなかったか、相棒からDVを受けて別れたか、男女間、夫婦間の役割分担に失敗した人たちではないかと思われます。
騒ぐのは自由ですが、何が正統か・・・それもわからず騒ぎを伝える報道はマスのコミですね。
私がお世話になった会社では「○○発展会」と言う会合があり、それが社内で最高に接待費を使う行事でした。
電気部品商売では特約店の皆さんの頑張りがメーカーの営業成績に直結します。
年に一度、特約店様の経営者様を招いて温泉旅行をするのが最大のイベントでしたが、この会の参加者は夫婦同伴が原則でした。
・・・が、昭和の時代になっても参加者の皆様には「夫婦同伴」への抵抗感が強く、奥様に参加してもらうべく、口説きにまわるのが支店長の仕事でしたね(笑)
昭和になっても・・・、高度成長期、バブルになっても「遠慮」が女性の美徳だったのです。
そう考えると・・・千代さんは凄いですね。前向きです。千代さんあっての渋沢栄一でしょう。
三菱との戦争
政商としてのし上がった三井、三菱の間隙を縫って事業を拡大する栄一ですが、三菱に独占されてしまった海運業を自由化しないことには、実業の利益を運賃に吸い取られるだけです。
龍馬の海援隊を引き継いだ弥太郎・三菱がここまで海運を独占したのは、大隈重信との癒着です。台湾征伐、西南戦争と続いた軍需物資の輸送を一手に引き受け、巨万の政府資金を吸い取りました。
その資金で全国の中小海運会社を買収し、「海の道」を独占してしまったのです。
さらには大蔵卿・大隈重信を自家薬籠中に引き込み、官の支持を得ています。
栄一は三井の益田などとも相談しながら、三菱への対抗作戦を仕掛けます。
作戦は・・・
汽船は高価で納期もかかる。安くて、調達の早い帆船を使う
船員は三菱の被害を受けている、通津浦裏の海運業者の船子を採用する。
三菱の高い船賃に苦しむ荷主を株主として誘う。
「戦じゃ」 横浜の蚕卵紙焼却の時と同様に、栄一参謀、喜作が大将で海運会社が動き始めます。
それに対して・・・弥太郎・三菱の汚い対抗策、仁義なき戦い・・・泥仕合になっていきます。
土佐の人には気の毒ですが・・・今回は岩崎弥太郎、その支援者・後藤象二郎は悪役です(笑)