万札の顔 第6回 春爛漫

文聞亭笑一

今回の物語も2年前の「韋駄天」と同様に、二つの物語が並行して進んで行きます。

北武蔵の農村と、花のお江戸の政権内の政治抗争が行ったり来たりでは視聴者が混乱します。

それもあってか…視聴率は右肩下がりですね。コロナ患者の数なら結構な話ですが、私の追っかけ文が二年前と同様に「途中下車」にならないようにしてほしいですね。

前回、ようやく一橋慶喜と渋沢栄一がツレションをする場面が出てきました。北武蔵とお江戸の接点が見えてきて、これからの展開に少し光が見えてきました。

老中・阿部正弘の死

幕府の老中筆頭と言う役職は、現代の内閣総理大臣と同様の職務に当たります。

勿論、将軍位にある人が積極的に政治に参画すれば「No2・官房長官」の職務になりますが、13代将軍・家定は「病人・障害者」です。

飾り物に過ぎませんから、阿部正弘が采配を握り、ペリー、ハリスと続くアメリカとの外交交渉を取り仕切ります。

阿部正弘の本拠地は備後・福山10万石です。徳川譜代では戦国物語に登場する酒井、本多、榊原、井伊の徳川四天王や、大久保、鳥居、水野、戸田などといった「三河以来」の家柄です。

備後・福山を任されるということは、それより西にある外様の安芸・浅野、長州・毛利への目付役と言う役割でもあります。

阿部正弘が老中になったころ、すでにヨーロッパ列強からの開国要求が頻発していました。

シベリアからカムチャッカに出て、千島列島を南下したいロシアが北海道を狙います。

中国を制圧して、更に北上を狙うイギリスが日本に開国を求めます。

そして太平洋の捕鯨で、制海権と、燃料や水の補給を求めるアメリカが開国を求めます。

とりわけアメリカはインドネシア列島、フィリピン列島、台湾から沖縄列島、日本列島、千島列島、アリューシャン列島と続く環太平洋列島群を支配下に収めたかったのです。

これにハワイ列島を加えれば「太平洋はアメリカの池」になります。その意味で現代、日本が主導しているTPPは面白くないでしょうね。

単純男のトランプが、アメリカの本音を出したのがTPP離脱ではないでしょうか。太平洋戦争とて、太平洋制海権争奪戦の意味合いがありました。

阿部の死因は色々と憶測されます。39歳と、まだまだ衰える歳ではありません。

これまでの維新物語では面白おかしく、側室との房事が過ぎて精根尽き果て衰弱したとする説が取り上げられますが、実態はストレス過多による循環器系の発作ではないかと思われます。

「攘夷、攘夷」と叫ぶだけの水戸烈公、成り行き派の井伊直弼、ハリスからの高飛車外交…

夫々に自己主張するだけで決断は阿部に委ねます。

要求と為政者批判をするだけで、善後策を提案しない幕閣・・・現代の国会審議とおんなじです(笑) 総理は・・・疲れますねぇ。

水戸の烈公・徳川斉昭

尊皇攘夷と言えば…西郷どんや坂本龍馬、そして桂小五郎と薩長系をイメージしますが、尊皇攘夷の本家は水戸の徳川家で、そのルーツは水戸光圀・黄門様です。

光圀がまとめた大日本史は「尊皇」の本家本元、教科書のようなものです。

徳川斉昭は長子ではありませんでしたが、兄が早逝して家督を継ぐことになりました。

しかし、この時に家臣が「斉昭派」と「将軍家からの養子派」に分かれて政治的暗闘がありました。これが後々まで尾を引き、数々の事件を引き起こします。

斉昭は政治力があって、水戸藩の政治改革には功績を残します。

斉昭の改革は

① 全領の再検地(税制改革)

② 藩士帰農(公務員削減)

③ 学校開設・・・弘道館(大学)郷校(高校)

④総交代・・・江戸定府の廃止(転勤)

でした。

とりわけ③の学校が水戸藩の活力を高めます。それを藤田東湖が指導します。

この他にも本格的に軍事訓練を実施します。国民皆兵制を念頭に置き、更には武器の国産化を推進します。これが・・・幕府には謀反準備?・・・と映って謹慎させられたりします。

更には、コテコテの朝廷崇拝者、神道崇拝者で、「幕府と朝廷が争うことになったら、幕府を捨てて朝廷に就く」と公言するほどの尊皇派でした。

その意味で神仏合祀の風潮には反対で、水戸藩内では神仏分離を進めていましたね。仏教には冷淡で、お寺の鐘を徴発しては大砲に鋳直し、「攘夷用に」と幕府に献上しています。これが、明治政府がやった廃仏毀釈に繋がっていきます。

安政大地震で藤田東湖を失い、実行力を失くして「尊皇攘夷を叫ぶだけの人」になりました。

政治家(説得力、指導力、実行力)としては優れていたようですが、情報収集、企画力と言ったところはすべて藤田東湖に「お任せ」でした。

東湖の死は斉昭を裸の王様にしてしまいました。

三角関係

波立てて 鯉が恋する 矢上川 (券月)

関東各地の桜が開花し、いよいよ春爛漫の季節になります。春になると猫の悩ましい鳴き声に苛立ちますが、生き物たちすべてが活気づきます。鯉たちも雌の周りに雄が群れて、力比べをしています。

我ら年寄とて、桜が咲けば今日はここ、明日はあそこと花見に出かけます。花から精気をもらい、なんとなく元気になりますが・・・もう一段元気になる花見は今年もできません。

19歳の栄一は、18歳の従妹の千代が気になって仕方がありません。

同じ従兄の喜作が千代にプロポーズと言うか、嫁とり立候補してしまいました。

3人とも従妹同士ですから、現代人から見ると近親相姦のようにも思えますが、従兄妹同士の結婚は優生保護法的にも全く問題ありませんし、当時の農村ではごく普通の組み合わせでした。

千代の母と、栄一の父、そして喜作の父が兄弟なのです。だから3人が従兄妹なのです。

さらに、従兄妹の中でも最年長の、千代の兄・尾高淳忠は村の学問師範です。

毎日のように淳忠(新五郎)の元に通っては、論語や武芸の指導を受けています。

後の話ですが、「門前の小僧よく経を読む」と言う通り、生徒として教育を受けていた喜作や栄一よりも論語の意味を正しく理解していたのは千代だったようです。

「千代、栄一の誤りを正すのに憚ることなし」

などとの記録も残る通り、結婚後の栄一は、教養という点で千代に頭が上がらなかったようです。

更には郷里を省みず、江戸や京、フランスなどと駆け回りますから家のこと、教育のことは千代任せです。

企業戦士として走り回った我々世代も似たようなもので・・・何となく親近感を覚えます(笑)