海人の夢 第38回 ガキの喧嘩

文聞亭笑一

人間はCaカルシュームが不足すると、怒りやすくなると言いますが、時代を超えて、怒りやすくなる人が増えると、世の中は物騒になってきます。それを利用する人もいますから、騒動が起き、紛争になり、戦争になって行きますね。中国各地で起きている半日騒動は、中国政府が的確な手段を取らないと、とんでもない大事件になる可能性があります。日系企業に対する乱暴狼藉は、常軌を逸してきましたね。「愛国無罪」などと馬鹿なことを言っていると、大紛争になりそうですよ。日本企業は、当然のことながら損害賠償請求をするでしょうが、それをどう裁くか。中国政府が治安維持能力を試されます。

それに…日本人駐在員の安否が気がかりです。家族を含めて数万人規模で中国各地に散在していますから、安全確保は大使館レベルでは把握できないでしょう。この人たちに、万一危害が及んだら、「冷静に対応」にも限界があります。文聞亭の知り合いにも、中国で活躍している人が大勢いますし、そのうち数人はこの「海人の夢」の読者でもあります。

9月18日の満州事変の始まった記念日が騒動の山場でしょうが、ここで中国政府が舵取りを誤ると、紛争に発展しそうで…実に危険です。

企業の事業責任者の皆さんも、さぞかし大変な危機管理の真っ只中でしょうが、ここが企業の正念場です。通信インフラをフル活用して、戦時体制を敷いておいたほうがよさそうですね。何が起こるかわかりませんから、中国に投資した資金、資産は捨てる覚悟がいりそうです。最悪を想定して、最善を尽くすのが、危機管理の基本です。

さて、清盛の物語も平家によるクーデターが目前に迫ってきました。ここからは藤本脚本のネタ本がありませんから、テレビの進行とは若干狂いが出そうです。

わがままで、権力を振り回したい後白河法皇が裏で糸を引き、平家と藤原氏の、微妙なパワーバランスを崩そうと、対立を煽ります。平家物語は鎌倉期に書かれていますから、平氏は悪、源氏は善として描かれますが、最大の悪玉は後白河法皇です。

48、摂政基房は、なるべく下々のことは帝のお耳に入れないほうが、天皇をご養育する臣下として当然の勤め、と考えているし、だいいち基房自身が庶民の暮らしなどには何の興味もない。
それだけに帝は、洛中に起こった出来事が、清盛の口から巧みに語られると、面白そうに笑い声を立てられていた。

「売り家と 唐様で書く 三代目」という古川柳があります。企業でもそうですが、世襲が続くと、基房のような忠義者(?)が現れて、現場のことを経営者に伝えなくなります。先だって、大手製紙会社のどら息子が、会社の金を使って博打で大損をしたとか、カメラ屋が損失隠しをしたとか、企業の不祥事が報道されますが、いかさま忠義者が情報を伝えなかったり、経営者を守ろうとして苦言を呈さなかったりした結果です。忠義者ですから悪気はないのですが、「お客様」という、最も大切な存在を忘れてしまうと、結果的に企業を旧知に陥れます。現代は情報化社会の真っ只中にありますが、経営者が興味がなければ、何を報告しても馬の耳に念仏になります。「見れども見えず」というのが人間の視力の限界で、意識していないことは見えないのです。その一方、意識していることが本流から外れていると、ガセネタばかりに振り回されます。

このような藤原基房の教育方針に、清盛は苦言を呈します。

「そなたは摂政の職にあるお人ゆえ、世上に起こったことに対して、主上のお目をふさぐようなことがあってはなるまい。何事も知っておわすのが、すなわち、天下をしろしめす主上ではないか」

そうなんです。社長は企業の中のことは、すべて知っていなくてはならないのです。そのために、1万円以上の出金伝票すべてに認印を押している大企業の経営者だっているんです。「今、あなたの会社では、中国に家族を含めて何人の日本人が駐在していますか」・・・この質問に答えられなかったら、経営者としては???ですねぇ。

49、清盛という人物は平常、たいそう温厚に見えるが、一旦怒ると火の玉のようになる、と兼実も知っている。もしそういう時が来たら、清盛は法皇の言葉すら聞き入れないだろう。清盛が我意を通そうとしたら、おそらく誰も止められまい。

いますねぇ、似たような人が。企業の経営者をやるような人は、概ねこういう方ですよ。

心の中に、溢れるほどの情熱がなかったら、企業を率いていくことなんか出来ません。

私が、大きな仕事にチャレンジするとき、いつも思い返していたのは勝海舟の言葉でした。

事をなすは人にあり        Success from Team-work

人を動かすは勢いにあり      Team-work from Passion

勢いを作るは、また、人にあり   Passion from Leadership

右側は、外国人相手に檄を飛ばすときに使ったデタラメ英訳ですが、これで結構、通用していましたね。気持ちが伝われば、文法も何もいらないようです。

清盛が怒るときは、もちろん火の玉のようだったでしょうが、彼が宋との貿易を語るときは、それ以上に熱く燃えていたと思います。さもないと、音戸の瀬戸の開鑿、大和田の港の建設などという大工事は前に進むはずがありません。当時の、重機もダイナマイトもない、人力だけの技術レベルで、あそこまでやるとは驚異です。

50、この時代の京都から見れば、陸奥(みちのく)は蝦夷人の住んでいる草深いところで、そこに住んでいる者たちは、文化には遠い東夷(あずまえびす)で、未開の人間たちばかりと思われやすい。
だが清盛は、藤原秀衡の住む平泉の都が、土地から産する黄金のおかげで、京都に劣らぬ見事な街づくりができていることを知っている。

世界遺産になった平泉の金色堂や毛越寺は、既にこの頃には出来上がっていました。

現代でも、東北と聞いただけで、文化の遅れを連想する人は概して都会人で、あまり現地に行ったことのない人が多いようです。東北人は言葉に抵抗があって、無口な人が多いですが、これも歴史の産物ですね。平安朝の京都人が、京言葉を標準語として押し付けてきました。更に鎌倉幕府から江戸時代に、関東の言葉を強要し、更に明治政府が現代の標準語を押し付けました。現代の標準語は、江戸言葉と長州弁をミックスしたもので、日本古来の「日本語」とは違うものです。日本語の乱れを嘆く人がいますが、長い歴史を見たら、大騒ぎするほどのことでもないと思いますよ。私などは方言礼賛派です。カタカナ言葉も多用しますし、日常はブロークンな関西弁で過ごしていますからね。

更に東北の良さは、心のきめ細やかさ、温かさにあります。今度の大震災で流行語になった「絆」ですが、まさに東北人の心根、いや、日本の地方そのもののような気がします。

地震からの早期の復興、期待したいですね。日本人が、日本人らしさを取り戻すチャンスでもあります。

ともかく、この時代の平泉は一大経済圏を築いていました。独立王国といっても過言ではないほどの経済力を蓄えていました。

51、摂政基房は、牛車に乗って法勝寺へ参詣する途中で、女車に行き逢った。
その車に乗っていたのは、平重盛の嫡男、今年14歳になる越前守資盛であった。

些細な事件が、京都政界を揺るがす大事件に発展しました。

事の起こりは関白の郎党と、平氏の郎党同士の「肩が触れた、触れない」程度の喧嘩でした。女の元に頼った帰り道の資盛の車と、関白基房の車が都大路で鉢合わせをします。互いに相手が誰かわかっていませんから、道を譲りません。一方は関白ですから、自分が上位だと道の真ん中を進みますし、もう一方も飛ぶ鳥を落とす勢いの平家の御曹司、しかも世間知らずの若者ですから横着です。最初は牛飼い同士の口喧嘩でしたが、家人たちが加わって、暴力事件に発展しました。多勢に無勢、資盛はお忍びですから郎党も2,3人しかいません。車をひっくり返されたうえに、さんざんにからかわれて逃げ帰ります。

父の重盛は、相手が関白と知って、資盛の無礼を叱りますが、この話を聞いた清盛は、烈火のごとく怒ります。孫可愛さの余り…というより、政治的駆け引きですね。この事件を公家対武士という、階級闘争に発展させていきます。

関白基房も、相手が平氏の御曹司だったとわかって、詫びを入れてきますが、清盛は許しません。公衆の面前で受けた恥は、公衆の面前で返すとばかり、基房が外出する機会を狙って部下に牛車の転覆をさせました。目には目を…です。

尖閣問題に関する中国政府のやり口…似ていますねぇ。暴動を煽っている節もあります。このまま進めて日本企業を追い出す、なんて所にまで行くかもしれません。遺憾、遺憾ではイカン事になるかもしれません。政府も企業も、覚悟がいりそうですよ。