雪花の如く 第3編 竜虎決戦の場・川中島
文聞亭笑一氏作”雪花の如く”を連載します。NHK大河ドラマ「天地人」をより面白くみるために是非ご愛読下さい。
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雪花の如く

第3編 竜虎決戦の場・川中島

文聞亭笑一作

喜平次(景勝)、与六(兼続)がこの世に生を受けたころ、越後の国主である上杉謙信にとって最大の敵は武田信玄でした。上杉謙信といえば、ある面で宗教家に近い思想の持ち主ですが、その依って立つところは「義」という漢字一文字に示されます。つまり、正義…

正義のために悪を懲らしめるという、勧善懲悪発想の権化です。彼の正義感の拠って立つところは、日本古来の政治秩序で、鎌倉幕府体制が理想になります。

日本の王としての天皇がいて、その家来である征夷大将軍が下々の政治を任され、地方は将軍の指示に従って粛々と民を治める というものです。

ですから将軍家の関東方面司令長官の上杉家から養子に選ばれるということは大変な名誉で、重い政治責任を担うわけですから、父祖伝来の「長尾」の姓は捨てました。上杉謙信と名乗ることは、関東以北の政治代行者の地位を意味します。

何度も繰り返す北条征伐の関東出兵は、「逆臣北条を懲らしめる」という意味合いを持ちます。北条を上杉の臣下であって同格の大名とは認めていません。

本来上杉株式会社の従業員なのに、勝手に従業員組合を作り委員長に収まり、非組合員を攻撃したり、経営の命令を無視したりする悪い組合長…というところでしょうか。

ですから「滅ぼそう」というよりは「懲らしめる」「小田原に追い返す」という範囲で撤兵します。

一方武田信玄に対してはどういう立場だったのでしょうか。

武田は室町体制ではれっきとした甲斐の国の国主です。そのことは謙信も認めています。つまり、ライバル会社です。将軍のもとにあっては同僚です。

が、信玄が信濃の国に侵略を開始して以来、武田に追われた信濃国主の小笠原長時や村上義清が救援を求めて逃げ込んでくるに及んで「国盗り泥棒」と悪人のレッテルを張ります。

将軍に無断で企業買収をやっている、しかも非合法取引だ、と非難します。これは、のちに信玄が室町将軍家から「信濃国主」の辞令をもらった段階で消えてしまう論理ですが、一度振り上げたこぶしは黙っては下げるわけにいきません。川中島の竜虎決戦は…主義・主張、大義名分というよりは意地と意地との勝負の場でした。

1、雲が白く湧きながら、信州の山並みの上に積み重なっている。ぎらぎらと照りつける日差しの下を、銀色に光る千曲川が龍の背のように流れていた。

火坂雅志「天地人」の書き出しの言葉です。与六、与七の兄弟が妻女山に登って行きます。 尊敬する謙信が、全知全能を振絞って戦った現地を、この目で確かめたかったのです。

与六は尊敬する謙信に、ひとつだけ大きな疑問を感じていました。 なぜ、川中島などで信玄と対決したのか、という疑問です。 妻女山に登るのは、それを確認するための旅でした。

2、「与七、俺にはお屋形様がここで信玄と野遊びをしていたように思えてならぬのじゃ。」
「野遊びとは何じゃ! お屋形様に対して失礼ではないか」
「言葉が悪ければ、戦力の消耗じゃ。」
「何を言うか兄者、お屋形様に対して」
「あれから15年の歳月が流れた。世の中は大きく変わっている。信玄も今はない。」

謙信がなぜ川中島にこだわったのか、そこで何を得たのか。歴史上の大きな謎の一つです。

いろいろな小説家が、いろいろな立場から推論を物語にします。海音寺潮五郎は謙信の立場から、新田次郎は信玄の立場から、山岡荘八は家康の立場から、池波正太郎は真田の立場から、司馬遼太郎は北条の立場から…枚挙にいとまがありません。

共通する結論は謙信の宗教的とも思える「義」の思想ですね。

このシリーズから相棒に加わっていただいたY・K氏が早速、春日山・林泉寺山門の掲額の写真を提供してくれました。

謙信といえば「義の人」と通説になっていますが、義の一文字では測りきれない哲学があったと思われます。その哲学の継承者が直江兼続ですから、その後の兼続の動きを追うことは、謙信の思想を追うことでもあります。

あまたの有名な歴史作家に交じって推論を展開するなどは僭越至極な行為ですが、あえて挑戦してみます。

現代という戦国動乱に近い社会に照らしてみたいと思います。

川中島決戦の始まりは信玄の信濃攻略に端を発します。謙信は受けて立つ立場にありました。とはいえ、信濃に興味がなかったわけではありません。春日山城から関川を少しさかのぼれば、そこは信濃との県境です。野尻湖、柏原を経て善光寺は至近距離にあります。

また、景勝、兼続の生まれ故郷の魚沼から信濃川をさかのぼれば、飯山、中野などという信濃の集落にはすぐです。

実際にこの時代、北信濃の県境辺りは越後経済圏に属していました。年貢こそ払わないまでも勢力圏・商権に違いありません。

一方、信玄は甲斐の国を統一しましたが経済規模があまりにも小さく、しかも交通網が他国の勢力によって封鎖されていて、経済成長の余地がないことに悩んでいました。東に北条、南に今川の大勢力があります。北と西には信濃の国があり、こちらの名目上の国主は小笠原ですが、治世が乱れて谷や川筋単位に小豪族がてんでバラバラに存在します。

武田ホールディングスが信濃の中小企業に企業買収をかけて、子会社化して経済圏を広げようと考えたのは当然です。信玄の父・信虎は敵対的買収で北の佐久地方に攻撃を仕掛けますが、思うようにはいきません。

そこで新社長の信玄は西の諏訪に目を付けました。 これが成功して諏訪を子会社化し、孫会社の伊那や佐久の一部を手に入れます。

最大の敵、小笠原ホールディングスはほとんど戦いもせず逃げだします。これで信濃の半分を手に入れました。ここまでは順風満帆、武田の事業拡大は順調に進みます。事業規模は数年の間に2倍以上に急成長します。

ここからですね。謙信が武田を意識し始めたのは…。越後経済圏と接触してきました。

「義」はあくまでも大義名分ですが、実質的には経済戦争ではなかったか…と思います。

松本平…松本市と安曇野市を中心とする経済圏が武田勢力に抑えられると、糸魚川からの塩の道を通じて商売をする越後経済が打撃を受けます。

塩だけではなく、海産物の流通も太平洋側からの経済圏と競争になります。謙信と友好関係にある信濃の名族・仁科氏の存続が危うくなりました。

現に、安曇野を支配していた仁科は北へ、北ヘと圧迫されてついには倒産してしまいましたからね。名前だけ残して実質武田の100%子会社になりました。信玄の狙いは塩の道に沿って日本海に商業路を確保することです。それがはっきりと仁科攻略に現れていました。

追い出された小笠原が泣きついてくる、北信濃の村上も救援要請に来る、こうなっては謙信も黙ってはおれないでしょう。商圏を守るのは当然のことです。ましてや糸魚川に進出されては大打撃をこうむります。

3、「この戦で上杉3000、武田には4500人の戦死者が出ているのだ。妻女山でのお屋形様の神がかった判断がなければ、上杉軍はあの川中島で全滅していたかも知れぬ。」
「15年前の戦か・・・」
「そのとき、お前は生まれたばかり。俺も僅か2歳の幼子だった。」

与六が疑問に感じたとおり、川中島の合戦はものすごい消耗戦でした。ここでの消耗がなければ、武田とどこかで休戦協定ができれば、上杉は中央に向かって早期に進出ができたはずです。

が、「義」を掲げたことと、春日山城が信濃に近すぎて留守が不安なことから動きが取れなかったものと思われます。

この点は武田も同じです。東と南が封鎖されて手が出せませんから、日本海商路にこだわります。何としても海がほしい、ただそれだけです。現に、桶狭間の後は一気に南に向かいますからね。閉じ込められたダムの水が一気に今川領へと流れ出しました。武田にすれば海は北でも南でもよかったのです。

川中島、たまたま戦場は犀川と千曲川の合流点になりましたが、両軍の狙いは「善光寺」にありました。善光寺は甲信越地区の住民にとって信仰の中心です。善光寺を治めるものが民・百姓の信頼を勝ち得る最大の手段です。信玄は善光寺の秘仏を甲斐の国に持ち出して甲斐善光寺を建立するなど、かなりなこだわりを示していますね。

「牛に引かれて善光寺参り」

上杉も武田も・・・善光寺参りを繰り返したのが川中島の戦いではなかったかと思います。   

【NHK大河ドラマ「天地人」をより面白く見るために!】
時代に生きる人物・世相を現代にあわせて鋭く分析した時代小説、ここに登場。
Y・Kさんから頂いた写真を掲載します。
春日山・林泉寺山門掲額
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