雪花の如く 第9編 謙信逝く
文聞亭笑一氏作”雪花の如く”を連載します。NHK大河ドラマ「天地人」をより面白くみるために是非ご愛読下さい。
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雪花の如く

第9編 謙信逝く

文聞亭笑一作

手取川の合戦は、どうも…謎に包まれた合戦です。

上杉軍の大勝利で、織田軍団はやっとの思いで越前北の庄に逃げ込んだというものから、合戦というより小競り合い程度、とするものまでピンキリです。

どの史実が正しいか? そんなことに興味はありませんが、この戦いで敗れた前田家が、後にこの地方を支配しました。しかも、その初期、金沢御堂を中心とする一向門徒の反乱に苦しめられ、虐殺を含めた大粛清をやっています。自分たちが反乱軍に負けた戦いを、歴史から消し去ろうと努力したであろうことは、容易に想像できます。

その後天下をとった豊臣、徳川にとっては「対岸の火事」で、歴史上の扱いは小さくなります。 早い話が徳川幕府にとってはどっちでもよいのです。上杉と前田、外様同士の争いです。 この戦いの勝利は、上杉の勝利であると同時に、一向門徒の勝利でもありました。

逃げる柴田や前田の軍勢を追って、門徒兵が執拗な追い打ちをかけています。越前で虐殺された仲間の仇打ちもあったのでしょう。柴田、前田軍の兵員の人的被害はともかく、軍需物資はすべて置き去りにして、言葉通り「命からがら」の退却でした。

もう一つの疑問は、謙信がなぜ撤兵したかですが、後半に新説・珍説を展開してみます。

西部戦線で越中、能登、加賀を支配下におさめ、謙信は再度というより…15回目の関東遠征の準備に入ります。今回は常陸の佐竹、下野の結城、宇都宮などの要請もあって、大規模な遠征計画です。北関東から北条の勢力を一掃してしまおうと本腰を入れていました。

越後各地に分散している兵たちが続々と春日山に集結しつつあります。

そんな矢先でした。

16、謙信は屋形の厠を出たところで、突如、倒れた。
脳卒中であった。
酒を愛した謙信ならではの、天命ともいうべき病だったろう。塩辛いものを多くとる越後の食生活、長年にわたって心身を酷使し続けた無理なども、脳卒中を誘発する原因になったと思われる。

謙信の酒好きは、つとに有名です。馬上杯と呼ばれる大型のワイングラスのような盃で、グイグイとやっていたようです。つまみとして好物だったものは味噌だったといいますから、確かに脳卒中や肝臓をやられそうな呑み方ですね。味噌の中に混ぜてあるものも、トウガラシだったり、フキノトウだったり、イカの塩からだったり…いわゆる呑兵衛親父の好物そのものです。

特に晩年は、酒が主食のようにすらなっていて、健康面では限界に来ていたのかもしれません。 どの小説を読んでも、謙信は「一人酒、手酌酒、演歌を聴きながら…」という「酒よ」の雰囲気で飲んでいたようですね。演歌を聴きながら…ではなく、漢詩をひねりながらだったようで、それが、武骨な越後武士を酒の相手から遠ざけてしまった原因だったようでもあります。

唯一、この趣味に付き合えたのが兼続だったようで、詩文に込めた謙信の思いを理解できていたようなのです。 トップの趣味に付き合うのは、なんとなくゴマスリに見えますが、トップの心を理解しようと思えば、趣味を同じくするのも大切なことなのです。

これは現代でも同じですね。経営者が本音を出す機会などは、そう滅多にはないわけで、それを聞き取れるか否かがNo2、ないしは企画担当の腕の見せ所なのです。

トップの、何気ない問いかけに、即座に提案が出せるかどうか、あるいは諫言できるかどうか。優秀な参謀か、ゴマスリかの差がでます。本当に、紙一重の差ですけれど…。

17、「事が起きた時、常に最悪の場合を考え、しかるべき手を打っておくのがまつりごとというものです。一時の情に流され、今あるものから目をそむけてはなりません。」
仙桃院が尼にも似合わぬ厳しい目で兼続を見た。

謙信の発作は2度目です。2年前に関東遠征の際、前橋城で発作を起こしています。 今回は重症で、結果的に意識が回復することはありませんでした。 後継者を指名せずに、トップが突然いなくなってしまうというのは悲劇です。

しかも、どちらも優劣つけがたい候補が二人いるというのは最悪です。 その最悪のケースが謙信亡きあとの越後だったですねぇ。疑心暗鬼が跳梁します。 仙桃院が兼続にいう「目をそむけてはならない」ものは「謙信は後継者を指名せずに死ぬ」ということです。 「しかるべき手を打っておく」とは、遺言をでっちあげるということです。 謙信なきあと、唯一血のつながった親族は、謙信の姉である仙桃院しかいません。 彼女は息子・景勝をとるか、娘婿・景虎をとるか、熟慮の結果、息子の方を取りました。

「後は景勝に」という遺言を捏造します。戦国の女は強いですねぇ。

更に、最悪の場合とは、上杉が二つに割れて内戦に入るという事態です。それに武田、北条、織田などの諸勢力が絡んできて、内政干渉を受けたり、侵略を許すという事態です。

事実、その後の展開では、そういう事態になったのです。 仙桃院のこの言葉が、その後の兼続の戦略眼を洗い清めてくれました。

彼の人生は、常に、「事が起きた時」ばっかりだったのです。 もちろん、そういう時代のことを、戦国時代といいますが・・・

18、謙信の気持が、二人の養子のうち、どちらにあったのか、それは今となっては誰にも分からない。表面上、謙信は両者を分け隔てなく公平に扱い、いかなる好悪の感情も見せることはなかった。

謙信はなぜ二人も養子を迎えたのか。謎の一つです。

自分に子供がいない場合、家を継がせるべく養子縁組をします。しかし、普通は一人だけで、二人以上の場合は、どちらかは他家に縁組させる目的で短期間、教育期間だけ養子にします。要するにブランドイメージを高めるための養子縁組で、京都の公家がその役割を担っていました。

豊臣秀吉が、自ら公家の養子になり、藤原を名乗ったのもその例です。

ここからは文聞亭の推測ですが、謙信は景虎を小田原の、北条家の跡取りに据えるつもりだったのではないでしょうか。「上杉謙信の息子」というブランドをつけて北条家、つまり関東を支配させる腹積もりだったと思います。

謙信が倒れる前に、越後全土には関東征伐の大動員がかかっていました。

過去の14回とは比べ物にならないほどの大規模な計画で、越後兵だけで4万人規模だったという説もあります。4万人というのは広い越後の国でも「総動員令」に匹敵します。

川中島の大合戦にも越後兵は1万7千人しか動員していません。織田との手取川の合戦にも1万7千人しか動員していません。その倍以上の兵力を準備していました。

越後を空っぽにしてでも、宿敵・北条との争いに決着を付ける覚悟だったと思います。

乾坤一擲、強い決意の表れです。その決心が出来たのも、手取川で織田をたたいて西の不安がなくなった余裕です。

南の武田は、長篠で再起不能に叩かれたばかりですから心配要りません。北の会津の芦名は、来たとしてもコソ泥程度しか出来ませんから無視できます。

というより、芦名家の当主は今回同盟軍を組む常陸・佐竹憲正の弟です。同盟軍に近い存在です。しかも、米沢の伊達政宗がしきりに芦名領(福島方面)に出没していて、越後を窺う(うかがう)余裕などはありません。

同盟軍の佐竹も、陣営内のごたごたが収まり、結城、宇都宮を従えて、既に利根川以北の常陸と下野に進出しています。今回の関東遠征を仕掛けてきたのは、むしろ、佐竹憲正の要請なのです。

北条を叩き潰して常陸・下野(茨城・栃木)は佐竹領に、残りの上総・下総・安房・武蔵・相模・伊豆は上杉にという、山分けの密約も出来ていました。

関東を手に入れた後、越後・越中・加賀・能登・上野の5カ国は景勝に治めさせ、南関東は景虎に治めさせる…大上杉構想があったものと思われます。

しかも、謙信には京都で政治をする気は、全くなかったのではないでしょうか。

信長がいかに近畿圏で勢力を伸ばそうとも、関東北陸で10カ国を擁し、佐竹を従え、武田も従えて、鎌倉幕府を再現するつもりだったように思えてなりません。

この構想が実現していたら、信長はひとたまりもありません。足元では石山本願寺を筆頭に和歌山の根来、雑賀などのゲリラ部隊が暗躍します。

その西には流浪の将軍・足利義昭を抱えた毛利がいます。ゲリラに足元をかき回させ、東から上杉の大軍団、西から毛利の大軍団で挟み撃ちにしたら、信長はひとたまりもありません。

宣教師の船に乗って国外脱出しか生きる道はなくなります。

こんな風に考えると、手取川の戦場からさっさと撤退した意味が分かるような気がします。

跡継ぎのこと…全く考えていなくても不思議ではありませんね。夢が大きいのです。

【NHK大河ドラマ「天地人」をより面白く見るために!】 時代に生きる人物・世相を現代にあわせて鋭く分析した時代小説、ここに登場。
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