雪花の如く 第23編 越後の富
文聞亭笑一氏作”雪花の如く”を連載します。NHK大河ドラマ「天地人」をより面白くみるために是非ご愛読下さい。
けいはんな都市クラブトップページ
投書欄
「雪花の如く」紹介ページ
各編と配布月日
第31編:08月20日号
番外編:08月13日号
第31編:08月20日号
第30編:08月06日号
第29編:07月30日号
第28編:07月23日号
第27編:07月16日号
第26編:07月09日号
第25編:07月02日号
第24編:06月25日号
第23編:06月18日号
第22編:06月11日号
第21編:06月04日号
第20編:05月28日号
第19編:05月21日号
第18編:05月14日号
第17編:05月07日号
第16編:04月30日号
第15編:04月23日号
第14編:04月16日号
番外編 :04月09日号
第13編:04月01日号
第12編:03月21日号
第11編:03月21日号
第10編:03月12日号
第09編:03月04日号
第08編:02月25日号
第07編:02月18日号
第06編:02月11日号
第05編:02月04日号
第04編:01月27日号
第03編:01月21日号
第02編:01月14日号
第01編:01月07日号

雪花の如く

第23編 越後の富

文聞亭笑一作

上洛してから景勝、兼続の主従は、それぞれに京の文化に驚き、かつ興味を掻き立てられます。当時の京都は、信長・秀吉と続く安定した政治環境の中で復興景気に湧き立っていましたから、越後の田舎とは比べ物にならないほどの活力に溢れていました。

そうです。色彩感覚が全く違うのです。越後の空が鈍色の雲で覆われているのに比べ、光に満ち溢れ、赤や黄色といった派手な色が随所に使われています。その色合いの組み合わせも際立って優雅でした。信長が積極的に取り入れた西欧文化の影響もあって、繊維の材料も木綿などの新しい素材が使われ、ビロードやゴブラン織りなどの手法も入ってきています。庶民の服装一つ取ってみても、単色のデザインなどはなく、柄が入り、派手な装飾がなされ、竜宮城に迷い込んだような感覚です。

美的衝撃・色彩感覚というものは、人間にとって実に大きな変化をもたらします。

我々世代にしても、白黒テレビの時代から、カラーテレビに変わった途端に、世の中の変化が急激になりました。そういう、色による文化革命を実体験しましたね。

人間の五感のうち、情報量の圧倒的に多いのが視覚です。目から入る情報によって行動が大きく変化します。特に、色彩の大きな変化は脳内回路の混乱を来たし、異常行動につながることすらあります。かつて木曾義仲が京の都に旭将軍の旗を立てたとき、従って行った越後、越中の兵士たちが乱暴狼藉を働いて、京の町衆から嫌われましたが、これなどは、まさに色狂いなのです。あまりの変化に理性が利かなくなり、本能のままに行動してしまうのです。銀座、北新地などで赤い灯、青い灯の夜の街に繰り出しては、異常行動?をとるオジサンたちも似たような現象なのでしょうか。

61、兼続は愛読家として知られ、その蔵書は850冊に及んだ。
現在、世界で唯一の宋書「史記」「漢書」「後漢書」(いずれも国宝)など、貴重な書籍も多い。後、兼続は自らの蔵書を元に、禅林文庫を開設。家臣教育の場とした。
又、日本最初の銅板活字で「文選」を刊行したのも兼続の業績である。
南化玄興は兼続のことを
  ――文武にいたらざるなき抜群の雄士 と評している。

兼続にとって京の都に滞在することは知的興味を揺さぶられて、実に楽しい反面、気苦労の多いことでした。

都風の礼儀作法などは全く気にはなりません。謙信が尊皇家であったことや、元・関東管領の上杉憲正の影響から、しっかりとした教育を受けていました。

又、小笠原流礼儀作法の家元である小笠原長時は、深志(松本)から武田信玄に追われて越後に逃げ込んで、謙信の庇護を受けていたのです。都の人々以上に、本格的な指導を受けていますから、礼儀作法は秀吉などよりは格段に優れています。

ところが、景勝に従って従軍していった兵士たちはそうは行きません。あまりのきらびやかさに目を奪われ、常軌を逸した行動も出やすいのです。

兼続は、それぞれの部隊ごとに調査テーマを設定し、京での仕事を与えます。織物、焼物、料理、美術…、それを文書にさせて報告させるのです。「酒」をテーマにもらって喜んでも、報告書にまとめるとなると、酔っ払ってはいられなくなります。

そのテーマの一つに書籍収集がありました。当時の京都五山のうち、貴重な蔵書が多かったのが妙心寺です。南化玄興は妙心寺の高僧で、その学識は都第一といわれていました。

兼続はそこに日参し、読書に明け暮れます。更には、秘蔵の書物を借り受け、家臣たちに手分けして写本作りに精を出します。このときの、僅かな滞在の間に、数十冊の写本を作ったといわれていますから、随行の兵士たちも遊んでいる暇はなかったのではないでしょうか。「小人閑居して不善をなす」こんな言葉を写本させられる部下達は気の毒でもありました。

南化禅師との交際はその後も長く続きます。後に、朝鮮出兵で兼続も景勝とともに渡海しますが、そのときに兼続は、膨大な数の書籍を手に入れてきます。国宝として現代にまで残る書物は、そのとき手に入れたものが多いのです。

「秀吉の朝鮮出兵では、何も得るものがなかった」

といわれていますが、兼続が仕入れてきた(略奪してきた)書籍の数々は、江戸の文化に大きな影響をもたらしたのです。

余談になりますが、朝鮮から文化を略奪してきたのは、ひとり兼続だけではありません。肥前の鍋島直茂は、朝鮮の陶工たちを大量に拉致して帰りました。彼らを山奥に閉じ込め、作り出したのが伊万里焼なのです。

秀吉が目的とした土地や金銭は全く手にはいらず、貿易の富さえ失いましたが、文化財は大量に手に入れてきたのです。

62、上杉景勝は直江津、郷津の両港から軍船を仕立てて、佐渡攻めに出陣した。
冬場は荒れる日本海も、夏は穏やかである。
むしろ、外界である太平洋側のほうが、よほど波が高い。このため、わが国の舟運の幹線は、太平洋側ではなく日本海側に開けることになり、舟で上方と結ばれた上杉家が繁栄するもととなった。

上洛によって、越後の独立は失いましたが、一方で、大きな利益を手にしました。

一つは新潟以北で景勝に逆らっていた新発田一族を「賊軍」と認定してもらったことです。

誰に邪魔されることなく、内乱鎮圧のお墨付きを得て、討伐にかかれます。それまで新発田を支援していた会津の芦名、山形の最上も手出しが出来なくなりました。

二つ目が庄内地方(山形県)の領有権を認められたことです。この地域は穀倉地帯ということよりも、古代から繁栄した酒田の港があります。東北地方の玄関口ですね。

この商圏を得たことは、上杉の財政にとって非常に大きな力になります。日本海海運の北の終着駅のような位置づけの港ですから、商業資本を制御できるのです。

そして三つ目、佐渡の領有権を認められました。

佐渡は、小さな島ですが、古代から「国」として認められていました。何もない岩ばかりの島ですが、金の産出量が莫大なのです。更には、海運の拠点としての存在価値もあります。古代から島でありながら「国」と認められていたところは、皆、貿易拠点です。

佐渡、隠岐、壱岐、対馬、淡路…瀬戸内海運の淡路を除き、すべて日本海側ですね。

今では太平洋側を表日本といいますが、この当時の表日本は日本海側だったのです。

佐渡の金山、本格的に大量の採掘が始まるのは江戸時代からですが、この当時でも膨大な産出量です。日本全国の金の産出量は上杉領が、その7割を占めていた、とも言われますから、佐渡はまさに、黄金の島だったのです。上杉軍団の強さは海運による金、佐渡の金、そして上田の金、経済力の強さにありました。米の単位で言えば57万石ですが、実質経済力で言えば100万石をはるかに超える実力でした。

63、戦の勝ち負けは時の運だ。勝者、敗者を分けるのは、紙一重の差でしかない。
今日の勝者も、明日には敗者になるかも知れぬ。最善を尽くして戦った相手には、それなりの礼を尽くさねばならないと私は思う。
敗者を思いやり、尊厳の気持ちを持つこと、それがすなわち士(さむらい)の道だ。

北条・小田原攻めが始まります。上杉に与えられた持ち場は、北から、関東の北条勢力を掃討しつつ南下することです。もちろん、上杉単独の行動ではありません。北陸方面軍の総大将は、古くからの秀吉の盟友である前田利家で、副大将が上杉景勝、それに真田昌幸など信濃の小大名が従います。

この連合軍は、軍としてのまとまりが良くありません。上杉からすれば、前田は魚津城で仲間を虐殺した卑劣な仇敵と恨みを抱えています。真田も、上杉の庇護を求めていた配下の大名であるはずが、突然寝返って、秀吉の直属に鞍替えしてしまった卑怯者です。

顔を見るのも汚らわしい奴ら…というのが景勝、兼続の心境なのです。

一方、真田からすれば、信州の小大名が秀吉に能力をアピールする最高の舞台です。

策略を仕掛け、小回りを利かし、敵を引きずり出しさえすれば、後ろには日本最強といわれる上杉の軍団が待ち構え、更には前田の大軍が控えています。絶対に負けない戦いで、しかも先陣の良い所取りが出来ます。こんなおいしい役割はないと張り切っています。

先走りの真田、イライラの上杉、のんびりの前田…なかなか戦果は上がりません。

足並みが揃いませんから、上州の入口・松井田城攻略ですら手間取ります。3千で守る城を3万で攻めるのに、一月も掛かってしまいます。ようやく降伏させても、今度はその扱いで揉めます。城主の首を秀吉に届けたい真田、降参した兵を次の攻撃に使いたい前田、義の道にこだわる上杉、意見が合いません。結局は、秀吉から大目玉を食います。

【NHK大河ドラマ「天地人」をより面白く見るために!】
時代に生きる人物・世相を現代にあわせて鋭く分析した時代小説、ここに登場。
けいはんな都市クラブホームページ運営事務局
メールアドレスの●は@に置き換えてください。