雪花の如く 第5編 カリスマ
文聞亭笑一氏作”雪花の如く”を連載します。NHK大河ドラマ「天地人」をより面白くみるために是非ご愛読下さい。
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各編と配布月日
第28編:07月23日号
第27編:07月16日号
第26編:07月09日号
第25編:07月02日号
第24編:06月25日号
第23編:06月18日号
第22編:06月11日号
第21編:06月04日号
第20編:05月28日号
第19編:05月21日号
第18編:05月14日号
第17編:05月07日号
第16編:04月30日号
第15編:04月23日号
第14編:04月16日号
番外編 :04月09日号
第13編:04月01日号
第12編:03月21日号
第11編:03月21日号
第10編:03月12日号
第09編:03月04日号
第08編:02月25日号
第07編:02月18日号
第06編:02月11日号
第05編:02月04日号
第04編:01月27日号
第03編:01月21日号
第02編:01月14日号
第01編:01月07日号

雪花の如く

第5編 カリスマ

文聞亭笑一作

時代を行きつ戻りつしますが・・・原作に戻ります。

与六、与七の兄弟は妻女山で謙信の神がかり的戦術の痕跡を確認した後、春日山へと帰途につきます。そのまま、用心しながら善光寺を迂回して帰ればよいものを、折角ここまで来たのだからと善光寺に立ち寄ります。

これが、不覚でした。武田方の警邏(けいら)部隊に発見されてしまいます。

兄弟の狙いは北条の様子を探り、武田の様子を探るという目的だけだったはずなのですが、最終目的を達成した気の緩みで危険な場所に近づいてしまいました。善光寺というところは、関東一円、特に甲信越の民にとっては特別な場所です。仏教の総本山的な信仰の場所なのです。仏教の本山のほとんどは京の都に集まっていますが、この地方の住民が京都まで旅をするということは、この時代において殆んど不可能です。仏法といえば善光寺で、比叡山も、高野山も外国の感覚です。

したがって・・・与六兄弟も、引力に引かれて落ちるニュートンのりんごのように善光寺に足を向けてしまいました。

が、善光寺には武田情報部門が最高の警戒網を張り巡らせています。参拝に事寄せた他国の間者が必ずといってよいほど訪れ、互いに、情報を交換する場所でもあります。伊賀、甲賀のような特別な訓練を受けていない兄弟ですから、即座に発見され、追跡を受けます。

それを救ったのが真田の忍び、初音でした。真田幸村の妹です。

7、兼続は、いかなる権力にも屈せぬ信仰というものの強さを思った。
5年前、信長は比叡山を焼き討ちしたが、それは特異なことで諸国には一向宗の門徒や高野山など、いかなる権力にも従わぬ宗教的権威がはびこっていた。

初音・・・創作された人物ですが、真田幸村と直江兼続は運命的なつながりをします。 ともに、徳川に対して徹底的に戦う道を選ぶのですが、価値観という点では大きく違った人生に分かれます。

真田幸村も、直江兼続も、謙信譲りの「義」という価値観で共通しているのですが、幸村は軍人として義を貫きます。一方の兼続は政治家として「義」を引き継ぎ、「愛」という形に昇華させて政治家としての道を選びます。関が原から大阪の陣を通して二人の生き様の違いを追いかけるのも大河ドラマの楽しみ方かもしれません。それに石田三成が絡みます。

戦国物の面白さは多彩な人物が登場して、多彩な生き様を見せてくれるところにあります。

初音は諏訪明神に仕える巫女の役割で登場します。諏訪一族の禰宜の娘という役回りですが、古代以来・信州に住む民の心を代表する設定でしょうか。

信仰というよりは原始共産主義というのか、村落単位の運命共同体的発想が精神構造の根底にあります。現代でも日本の田舎にはその伝統を引き継ぐ心が残っていますし、村が「会社」に変わっただけの運命共同体が「日本的」と呼ばれる人本主義として活きています。日本人論という形であれこれ議論がなされますが、その根っこにあるのは身近な集団を守ろうという弥生人以来の遺伝的思想であるようにも思います。

信長は、そういう思想的遺物を徹底的に嫌いました。合理主義というのか、科学的というのか、理性を徹底的に追及した人で、情の世界を無視、ないしは嫌った人だったように思います。比叡山の焼き討ち、本願寺門徒の大虐殺などは原爆投下に等しい行為です。

現代もアメリカの藪政権やイスラエルのやっている空爆作戦が信長的合理主義です。

イスラム原理主義という存在は、私などの理解を超えますが、全くの「情の世界」でしょうね。「ほしがりません、勝つまでは」と叫んだ昭和前期の日本人も似たような世界に漬かっていたのだと思います。

孔子の説く中庸は、理性49%に情念51%といわれますが、信仰となると情が6割を超えてしまうのでしょう。理性の忠告を受け付けなくなります。「頑固親父」といわれ出したら危険信号かもしれませんね。気をつけましょう、お互いに・・・。

8、「長篠での武田の敗因は何だと思います」初音が尋ねる。
「信長は鉄砲を取り入れ、組織立てた使い方を開発した。それに対し武田は騎馬隊の強さにこだわって軍備の刷新に乗り遅れた。時勢に応じて変わってゆけぬものは滅ぶ」
時勢に応じて柔軟に・・・、それは兼続にとっての命題でもあった。

長篠の戦は中学の歴史教科書にも必ずでてくる歴史のターニングポイントですが、教え方は時代によって変化してきています。私のころは「科学技術の勝利」として教えられました。「古いこと、伝統にこだわるのは良くない」とか、「先輩の言うことを無視して突撃した勝頼のような軍人は良くない」とも教えられました。戦後民主主義最盛期でしたからね。戦争反対と技術立国に国民全員が邁進していた時代でした。

「長篠での武田の敗因は何だと思います」

同じことを尋ねられたら、現代に住む私は何と答えましょうか。

戦術論、戦争技術論で答えれば風林火山の「山」ですネェ。動かざること山の如しであるべきだったのに、動いたことが敗因ではないでしょうか。

信長の作戦は柵を結いまわして近づく敵に罠を仕掛けるというものでしたから、敵が近づかなければ効力を発揮できません。現代戦で言えば地雷原を用意したようなものです。

それに、わざわざ引っかかって行ったのですから・・・勝頼の焦りでしょうね。

本質は、父親が偉大すぎたのです。父を越えたいという2代目の欲が呼んだ悲劇だったと思います。つまり、信玄を失った後の武田株式会社の内部体制の欠陥が露呈したのです。

偉大なる創業者が突然死去して、内部の統制が取れないままに積極経営に邁進して、内部崩壊を起こしたことが原因だったと思います。いわば、武田の自滅、自殺ではなかったでしょうか。長篠戦の前夜、武田の軍議では「不戦・退却」が圧倒的意見だったのです。

内部意見が不統一のままに積極策をとることの危険・・・それが長篠の教訓だと思います。

長篠では大勝利を収めた織田軍ですが、その後、僅かの間に明智光秀の反乱によって政権交代の混乱を引き起こします。急成長による内部のひずみが組織を崩壊させます。

9、上杉家は 謙信 という、絶対的なカリスマによって成り立っている組織であり、中心にいる謙信自身が変わらぬ限り、物事は何も動かないのだ。
・・・・・略・・・・
謙信を絶対的な存在と仰ぎながらも、すでに出来上がった価値観を否定していくのは、次の時代を生きる若者の特権であるかもしれない

武田が内部崩壊したのに反して、上杉が永続したのはここ、つまり若い力がカリスマの存在を超越し、新たに体制を構築しなおしていったところにあったと思います。

兼続も景勝も、謙信を神の如く尊敬していましたが、謙信のやり方をすべて踏襲したわけではありません。特に、人事は若い世代に一新してしまっています。 この辺については、謙信が倒れた後の部分で詳細に眺めていきましょう。

以前連載した「塩の道」シリーズで、謙信の人材育成について触れたことがあります。

心に邪険なき時は、人を育てる

自分の物の見方、考え方が宇宙、天然の流れにあっているときは、人が育つ。

逆に、ひねくれたものの見方や、よこしまな考えでいるときは、人は育たない。

つまり、自分の利益になるためにとか、見返りを期待してはいけないのだ。

教育は天下国家のためにするものであって、利益のためにしてはならない。

謙信は以前にも述べたとおり、思想家、宗教家的なところがあります。自分の心を徹底的に鍛え、試し、確信を持ったところですべてを断行していきます。

出陣の前には必ず毘沙門堂に籠もって祈願したといわれていますが、神様に頼っていたのではなく、これからの戦の意義を繰り返し、繰り返し確認していたのでしょう。

「自分の物の見方、考え方が宇宙、天然の流れにあっている」か、どうかを徹底的に検証していたものと思います。

ですから、謙信の戦いぶりは果断です。自分の行いを「正当なる正義の闘い」と信じていますから、迷うことはありません。戦国時代の戦には調略がつき物ですが、謙信の戦で調略を受けて崩れた例は稀(まれ)です。謙信の後姿で、人が育っていったのです。

その点では謙信の好敵手であった信玄も人を育てましたね。「人は石垣、人は城」と歌になるほどに人を大切にしました。

会社の経営も同じことです。人が育ってこそ成果が上がってきます。

自分の物の見方、考え方が宇宙、天然の流れに合っているかどうか・・・ 毘沙門堂に籠もることはありませんが、一人きりになった時間に振り返ってみたいものです。邪険でないかどうか。 「そうじゃけん」と広島の方から笑われそうですね。(笑)

【NHK大河ドラマ「天地人」をより面白く見るために!】
時代に生きる人物・世相を現代にあわせて鋭く分析した時代小説、ここに登場。
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