雪花の如く 第7編 詩人・謙信
文聞亭笑一氏作”雪花の如く”を連載します。NHK大河ドラマ「天地人」をより面白くみるために是非ご愛読下さい。
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雪花の如く

第7編 詩人・謙信

文聞亭笑一作

謙信と信玄とを宿命のライバルとする構図が一般的ですが、理念、政治構造などはほとんど同じです。思想的対決という点からとらえれば謙信の敵は信長だったでしょうね。 謙信の思想と真っ向から対立するのは、西欧型合理主義者の信長です。

特に、宗教に対して極端な弾圧主義で臨んだのが信長でした。よく取り上げられるのが石山本願寺との対決ですが、一向宗だけでなく、ほとんどすべての宗教を敵視していました。 仏教の本山である比叡山を焼き討ちしますし、高野山を信奉する雑賀一族とも対決します。

キリスト教の宣教師を近付けたのは、欧米文化を吸収するための手段であって、宗教・信仰などは全くありませんでした。禅宗とて弾圧の対象であったことは間違いなく、甲斐の恵林寺では僧たちを焼き殺しています。京都五山にしても、京都が信長に占領されてからは宗教活動もできず逼塞(ひっそく)していましたね。こちらは中国文化を継承し、中国との交流に便利だということだけで弾圧を免れていました。

信長を異端児、狂人、天才、近世化の英雄とみる小説が数多いのですが、戦国という自由主義経済が生んだ自然の成り行きとも言えます。現代と同じ情報革命の時代で、海外からの刺激が洪水のように日本列島に流れ込んでいたのです。情報の運び人は宣教師たちだけではありません。むしろ商人や八幡船の海賊たちが持ち込んだ方が、圧倒的に多かったと思います。キリスト教の宣教師は正当な技術・文化を伝えますが、キリストにとって都合の良いものしか持ち込みません。

一方、商人や海賊たちは「利益」につながるものしか持ち込みません。双方の情報を積分して利用したのが信長でしょう。

信長が吉法師のころ興味をひかれた文化は、海賊商人たちの持ち込んだものだったと思います。現代でいえば、政府外交ルートや学者・文化人が学術交流で得た情報ではなく、民間企業が持ち込んだ情報が主流だったと思います。

信長の功績とされる「楽市楽座」などは貿易の自由化、専売の禁止、民営化など、小泉改革とよく似ています。そういえば小泉純一郎に与えられたあだ名も「変人」でしたね。信長に与えられた代名詞とて同じような意味合いでしょう。変人・奇人が改革を進めます。

信長は軍事力を背景に強引な改革を突き進めましたが、現代ではそれは無理ですね。 無理を承知で8年間、世界制覇を目指したのがアメリカの藪(ぶっしゅ)大統領でした。 一向一揆ではない、イスラム一揆があちこちに勃発して、収拾がつかずに討ち死にです。 前置きが長くなりました。本論に戻ります。

13、謙信は
  一、裏切りをせぬ
  一、謀略を使わぬ
  一、非道をせぬ
  という信条を持って、大義なき争いに身をやつしている人々の心に、大きな疑問を投げかけている。

原作者の火坂雅志は謙信、兼続の系譜を「聖人君子」として小説に綴っていますから、こういう信条を打ち立てますが、「裏切り」を誘う「謀略」がなければ戦国の世で勢力拡大はできません。えげつない謀略は使わなかった…と読んでおきます。

事実、謙信自身は裏切りをしていませんが、参謀の宇佐美貞行や、直江景綱などは盛んに裏切りを誘います。正攻法の謙信が活躍するためには、裏方が汚い部分を担当するしかありません。

家康にしても神様になるために石川数正や本多正信・正純親子が、相当に汚い部分を担当してきたのです。トップが純粋であればあるほど、No2や参謀部隊は裏側で活躍しますね。まぁ、現在の組織でも同じことです。

謙信にとって、自らがこの3つの信条を生涯貫けたのは、周りを固める参謀たちが優秀だったのです。宇佐美にしろ、直江にしろ、成功したときは謙信の功績にし、失敗したら自分の責任と、割り切って動いていました。

謙信を神格化し、絶対君主にすることが越後軍団を統合するために不可欠な要素だったからです。越後の上杉軍団は武田騎馬隊と並んで、戦国最強と称えられましたが、軍神といわれた謙信あっての組織でした。 重石が外れた途端に、大混乱に陥りますが、それはもう少し先の話です。

14、家は血によって受け継がれるものだが、心は師から弟子へと受け継がれる。わしは、   自分が今日まで培ってきた知恵を、生あるうちに、そなたへすべて伝えておきたい。

謙信が、ホンネで、自分の後継者にしたかったのは兼続ではなかったか…と思います。

このシリーズを始めるにあたって何冊も小説を読んでみましたが、どの小説を読んでも、謙信は後継者を指名していません。ということは、謙信が描いていた後継者は養子の景勝、景虎のいずれでもなかったのではないでしょうか。

景勝は「父を殺したのは謙信だ」と終生思っていたようですから、謙信との付き合いはギクシャクしたものになります。理性では父親として尊敬しても、感情では「父の仇」と恨んでいたようで、無口という性格も感情を外に出ださないための必死の努力だったように思います。

一方の景虎、北条氏康の七男です。幼い頃から戦略の道具にされ、まずは武田に人質に出されます。その後、三国同盟が出来て小田原に帰ったと思いきや、今度は上杉に越相同盟の人質として越後に出されます。

謙信に養子として迎えられますが、「信用されていない」と終生悩みぬいていました。腰が座らないというか、自己を喪失していたというか、他人に利用され続けた気の毒な人でした。

一方の兼続。幼い頃から謙信に強い憧れを抱いていました。謙信のやることなすこと、すべてを見習い、謙信の好きなものはすべて学習して取り込んでいきます。漢文、詩文、戦略・戦術・・・すべてに心酔し、謙信二世たらんと追いかけていきます。

こういう部下を持ったら可愛いですよ。持っているものすべてを渡してしまいたくなります。ましてや一世代下となれば実の子よりも可愛くなります。ものの本によれば、兼続は謙信の衆童(ホモの相手)だった、という説を取るものもありますが、そういう関係とは違うと思います。自分を邪心なく理解してくれて、その後継者になろうと必死で付いてきてくれる若者には「そなたへすべて伝えておきたい」と思うのが当然です。

しかし、後継者には出来ません。戦国時代は下克上の時代だといわれますが、下克上が公認されていたわけではないのです。「仕方がない」「ショウガネェ」と目を瞑っていた時代です。仮に、謙信が兼続を後継者に指名したとしたら…越後の国人は、その殆んどが、そっぽを向きます。この時代、家督相続の基本は「家は血によって受け継がれるものだ」なのです。

15、謙信は諸将を本陣に集め、月見の宴を開いた。この席で、謙信は一編の詩を賦す。
  霜は軍営に満ちて秋気清し
  数行の過雁月三更       三更…子の刻・午前0時。またはその方角、中天
  越山併せ得たり能州の景
  遮莫(さもあらばあれ)家郷の遠征を憶うは

謙信は北陸道の制覇に向けて軍を起こします。従来から越中までは上杉家の版図に入っていたのですが、越中の支配はなかなか思うようには行きませんでした。面従腹背、隙あらば独立しようとして反乱を起こす一向一揆に手を焼いていました。

しかも、その一揆勢は武田信玄と手を握り、謙信が関東に出る隙を見ては後方をかく乱するゲリラ戦を得意としていました。

信玄が健在な時代、武田の勢力は日本アルプスを越えて飛騨を勢力下に収め、越中にまで進出してきていたのです。

しかし今、大信玄はなく、勝頼は長篠で織田の鉄砲隊にやられて飛騨を手放しています。さらに、石山本願寺と上杉の同盟が出来て、越中は完全に謙信の支配下に入りました。いよいよ、北陸道を京に向けて進軍するときです。

まずは能登の制圧です。能登の国主・畠山の居城、七尾城を包囲します。が、これが難敵でした。七尾城は標高差240mもある天険なのです。京都の貴族が「天宮」と名づけたほどの絶壁の上に立っています。2000人ほどしか兵はいませんが、10倍の上杉軍でも正面攻撃は出来ません。包囲して兵糧攻めしかありません。

その間に、詩人謙信が作った詩が…これです。

包囲すること一ヶ月、上杉軍にとって幸運なことに、城内に伝染病が発生します。 秋ですから赤痢やチフスではないと思いますが、飲料水が極度の枯渇してきていますから、何がしかの細菌が蔓延したのでしょう。食糧の備蓄は余裕があったようですが、山の上だけに水には不自由していました。こうなると、裏切りが出ます。 難攻不落の天宮・七尾城もわずか一日で陥落してしまいました。

裏切りをせぬ、謀略を使わぬ、非道はせぬといっても、兵糧攻めが非道で、裏切りを誘うのが謀略ですから、タテマエでは戦争に勝てません。戦争とは汚いものです。

【NHK大河ドラマ「天地人」をより面白く見るために!】 時代に生きる人物・世相を現代にあわせて鋭く分析した時代小説、ここに登場。
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