雪花の如く 第20編 義の系譜
文聞亭笑一氏作”雪花の如く”を連載します。NHK大河ドラマ「天地人」をより面白くみるために是非ご愛読下さい。
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各編と配布月日
第28編:07月23日号
第27編:07月16日号
第26編:07月09日号
第25編:07月02日号
第24編:06月25日号
第23編:06月18日号
第22編:06月11日号
第21編:06月04日号
第20編:05月28日号
第19編:05月21日号
第18編:05月14日号
第17編:05月07日号
第16編:04月30日号
第15編:04月23日号
第14編:04月16日号
番外編 :04月09日号
第13編:04月01日号
第12編:03月21日号
第11編:03月21日号
第10編:03月12日号
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第07編:02月18日号
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第03編:01月21日号
第02編:01月14日号
第01編:01月07日号

雪花の如く

第20編 義の系譜

文聞亭笑一作

真田、上杉、それぞれの思惑をこめて、幸村の春日山での人質生活が始まります。

人質ですから、監視されて、行動が制限されるのは当然ですが、上杉の人質政策は比較的自由を認めていました。今で言えば大学の寮のような感じでしょうか。景勝にしても、御館の乱で政権を争った景虎にしても、もともとは人質だったのです。

山育ちの幸村にとって、春日山から見下ろす日本海は新鮮な魅力でした。最初は人質屋敷から見下ろしていただけですが、自由な雰囲気に馴れて、直江津の港や海岸にまで出かけて海を眺めます。大海原、寄せる波、初めて目にする海は青年の心に大きな夢を与えます。

時々は、兼続が海岸の散策に付き合います。兼続にとっても、この、利発な青年は弟のようにも思えるのです。

海を見つめながら二人の青年は政治のあり方を語り合います。幸村にとっては新鮮で、夢が膨らむときでした。後に、豊臣に対する義を貫く幸村らしさが形作られていく時間でした。ただし、その後の義の向く方角が兼続とは少し違ってきます。

51、「力で人を支配し、従わせるには限りがある。その証拠に織田信長を見よ。
信長は己を中心とする絶対的な権力を作り上げ、恐怖を持って人を屈服させようとした。が、その末路は家臣にそむかれ、織田家の栄華も、砂の城のようにあっけなく崩れ去った」
「では、謙信様は、いったい何をもって、人心を一つに纏め上げたのです」
「義だ」
兼続はさわやかな響きの声で言った。

信長政権の崩壊は、遠国・越後にあっても驚愕すべきことでした。既に本州中央部のすべてを傘下に収め、六十余州の内の30カ国以上を従わせていた強大な政権だったのです。

奥羽の伊達は、既に秋波を送っていますし、北条も徳川との連携に踏み切っています。

残る敵対勢力は、東で上杉、西に毛利と島津、南に長曽我部程度しか残っていなかったのです。信長の天下布武、日本統一事業は目前、すでに完成期に入っていました。

ただし、大きな落とし穴がありました。朝廷の扱いです。

信長の構想では、朝廷を現在の宮内庁、神社の神主程度の役割に留め、自分の思うがままに扱おうとする意図がありました。気位の高い正親町(おおぎまち)天皇を退位させ、自分の自由に扱える誠仁親王に皇位を継承させようと準備していました。信長の構想は、天皇を現代の象徴天皇の位置づけに置いていたようです。

その実態が見え出してくるに及んで、公家衆がその構想の阻止に掛かります。信長を抹殺する以外に危機を脱出する方法はないと、白羽の矢を立てたのが教養人で、保守派の光秀でした。

光秀は愛宕神社で「時(土岐)は今 雨が滴る(天下) 皐月かな」と、天下取りの決意を述べて連歌の会を催したことになっていますが、実は連歌の前に、近衛前久と信長誅罰の密議をしていたのです。綸旨の発行を要請していたのです。光秀はなんとしてでも「大義」が欲しかったのです。その意味でも「義」を持って戦う上杉を味方にしたかったのです。

一方、近衛は、天皇の綸旨は手に入れておきながら光秀には渡しません。信長亡き後の、勢力の集散を冷ややかに観察していました。信長に踏みつけにされた朝廷の権威を、より高く売り込もうと日和見をしていたのです。

力と正義の葛藤は、政治力学を解く上での永遠の課題です。力がなくては、正義は実現できません。正義がなければ、力だけでは政権を保てません。やはり、日本人にとって最も安定した政治の立場は、中庸(力49%義51%)が一番なんでしょうかね。

52、真田家には格言がある。
――人は利に誘われれば、忠義の心も、死の危険も忘れる。
というものである。
人間の心は弱い。目の前に餌をぶら下げられれば、最初は拒否していても、やがては我慢しきれず食らいついていく。むき出しの欲望の前では、一切のきれいごとは通用しない。

この小説、天地人では真田一族を地方豪族の代表として描いていますが、日本中のどこの中小勢力も、同様な家訓を持っていたと思います。現代の中小企業経営と同じで、殺さなければ殺される、寄らば大樹の陰と生存競争に明け暮れていたのです。

さらにいえば、現代のサブプライムローンにしても、「儲かる」となれば、世界の大金融機関といえども「なりふりかまわず」利のために奔走するのです。目の前にぶら下がった餌に「皆がやっているから俺も…」と、喰らい付いていくのです。

我々庶民とて同じことですねぇ。定額給付金というわずかばかりの餌でも、目の前に福沢諭吉と野口英世の絵を描いた紙をぶら下げられたら「賛成」と飛びつきますからね。(笑)

ここのところの緊急経済対策は国家財政無視、将来に禍根を残す政策であることは自明の理ですが、誰も声高にそのことを発言できません。将来よりも今、今日の飯が重要なのです。ついこの間まで「財政再建」「子供たちに負債を残すな」「安定した年金財源を」などと政争を繰り返していたのが嘘のようです。

真田家、一昨年の大河ドラマで真田幸隆の創業の苦労を克明に描いていましたが、もともとは長野県上田市の山間部の小さな集落の土豪です。わずかばかりの山間の傾斜地に棚田と、畑地が開けている程度の集落ですが、その土地から少しずつ勢力を広げていくには、勝ち目のある相手に乗り換えつつ、転職を繰り返すしか方法はなかったのです。

幸隆が武田信玄に付き上州沼田を手に入れ、その子の昌幸が上田を手に入れ、ようやくに築き上げた5万石程度の経済規模です。親子2代、一族の血と汗で築き上げた財産を、大勢力の北条と徳川に取引されては黙っているわけにはいきません。

53、「この乱世、人は欲するものを手に入れるためなら、平然と主を裏切り、朋友を出し抜き、親兄弟でさえも殺しあう。しかし、その果てに何がある。人の欲望にはきりがない。手に入れても、手に入れても、決して心が満たされることはない。利を離れ、志に向かって突き進んだとき、人は始めて真に生きたと実感できるのではないか」

前項に引き続き、兼続と幸村の会話からの引用ですが、なんとなく、真田家の将来を暗示させるような会話ですね。

小説、大河ドラマ「天地人」のクライマックスは関が原の戦い、そしてエピローグが大阪夏の陣になると思いますが、このドラマのメインテーゼである 「利を離れ、志に向かって突き進んだとき、人は始めて真に生きたと実感できる」 がこの部分の兼続の言葉として語られています。

志・・・曖昧模糊とした概念ですが、人には志があるようで、…実は、ありません。

志を思い出すのは、座右の銘とか、標語とか、家訓の類を見たときに改めて思い出すのですが、日常の判断はそれとは全く無関係に、目先の利を追って右往左往しています。

文聞亭も原稿を書くときにはえらそうに、わかったようなことを言いますが、実は、全く分かっておりません。先日も「高速道路1000円」の魅惑に勝てず、連休の混雑を承知の上で長距離ドライブに出かけてみました。大渋滞の中で、一歩でも先に出ようと車線変更でウロチョロし、イライラとアクセルとブレーキのペタルを踏み変えます。志どころか、座右の銘などとは全く関係なく、目先の餌に飛びついています。

54、「義を行うには利を使わねばならぬ。だだ、それは決して卑しいことではない。大事なのは、利に目を曇らされてはいけないということだ。利は手段であって、目的ではない。その信念を忘れなければ、人として背筋を真っ直ぐに伸ばして生きていくことが出来る」

このあたりが正義ということの難しさですねぇ。建前と本音の関係というのか、目的と手段というのか、矛盾するものをケース・バイ・ケースで使い分けるのが人生です。

どちらにしても結果論の世界で「結果よければすべてよし」なのです。理屈と膏薬はどこにでも引っ付くといわれますが、例え結果が悪くても誰かが評価してくれれば正義は成り立つのかもしれません。

兼続も、幸村も、その意味では失敗者です。関が原では読みが完全に外れて負けました。

その上、幸村は大阪の陣でも失敗者ですが、その昔の義経と並んで、歴史上の人気者です。

それぞれに戦った相手が頼朝と家康です。強すぎる相手に、果敢に挑戦するというのが、日本人の大好きなキャラクターなのですが、果たして良いことか? 考えさせられます。

永田町に居座る蝦蟇蛙も「政権交代をするためには金が要るのだ」と堂々と言い切れるかどうか、その辺が義を行う上での難しさでしょうね。

【NHK大河ドラマ「天地人」をより面白く見るために!】
時代に生きる人物・世相を現代にあわせて鋭く分析した時代小説、ここに登場。
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