雪花の如く 番外編 政権変質
NHKの歩みが遅くなりそうなので、原作から離れてみます。 原作通りならば、「会津移封」がテーマになるところですが、どうやら秀吉役の俳優、笹野高史さんが、あまりにも秀吉らしく、名演技なので長生きさせたくなったようですね(笑) 確かに、今までの秀吉役の俳優に比べて、秀吉の肖像画と最も似たイメージです。 耄碌(もうろく)した秀吉をいかに演じるか、これからが楽しみです。
文聞亭笑一氏作”雪花の如く”を連載します。NHK大河ドラマ「天地人」をより面白くみるために是非ご愛読下さい。
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各編と配布月日
第38編:10月08日号
第37編:10月01日号
第36編:09月24日号
第35編:09月17日号
第34編:09月10日号
第33編:09月03日号
第32編:08月27日号
第31編:08月20日号
番外編:08月13日号
第30編:08月06日号
第29編:07月30日号
第28編:07月23日号
第27編:07月16日号
第26編:07月09日号
第25編:07月02日号
第24編:06月25日号
第23編:06月18日号
第22編:06月11日号
第21編:06月04日号
第20編:05月28日号
第19編:05月21日号
第18編:05月14日号
第17編:05月07日号
第16編:04月30日号
第15編:04月23日号
第14編:04月16日号
番外編 :04月09日号
第13編:04月01日号
第12編:03月21日号
第11編:03月21日号
第10編:03月12日号
第09編:03月04日号
第08編:02月25日号
第07編:02月18日号
第06編:02月11日号
第05編:02月04日号
第04編:01月27日号
第03編:01月21日号
第02編:01月14日号
第01編:01月07日号

雪花の如く

番外編 政権の変質

文聞亭笑一作

豊臣秀吉が、関白として政権を取るまでと、政権の座についてからとでは「人が変わったか?」と思うほどの変貌をしますが、なぜでしょうか。

一介の百姓の子が、極貧の中から針の行商をはじめとするアルバイトに精を出し、織田会社に入ってからは、最下層の草履取りから始まって順次出世していく様は、戦後の高度成長経済の時代に、多くの若者に夢を与えてくれました。

「努力すれば報われる」「知恵と努力こそが成功への糧である」などの教訓話として、田舎出身のサラリーマンを鼓舞してきました。そうです、今太閤なる総理大臣まで現れて、この筋書きを演じて見せてくれたりもしたのです。

日吉丸の出世物語は秀吉が太閤となり、黄金の茶室でお茶を飲む所で終わりますからメデタシ、メデタシなのですが、事実はそこで終わらないのですからメデタクありません。

メデタイどころか、ここからが悲劇の始まりで、「人を殺さず戦いに勝つ」という秀吉神話が崩壊し、謀殺、虐殺の連続になります。秀吉ファンの読者の方々には申し訳ありませんが、天下統一以降の秀吉の治世は、信長同様に魔王の所業(しわざ)になります。

なぜ、それほどに人が変わってしまったのでしょうか?

一つは目標の喪失でしょうかね。敵がいなくなってしまったのです。

敵を見つけて、知恵の限りを尽くしてそれを征服していく、というのが秀吉の習い性になっていたのではないでしょうか。敵がいなくては安心できないのです。意欲もわかないのです。精神不安定になってしまうのです。

創業者が、死ぬまで事業意欲が衰えないのと同じでしょうか。創業者には及びませんが、定年後のサラリーマンと似た苛立ち症候群でしょうか。目の前から目標が消え去り、無為に時間が過ぎていく退屈さに、耐えきれなかったのでしょう。これを救うには趣味の世界に挑戦することですが、秀吉の趣味としては金銀を蓄えることと、女漁りしかありませんでしたからね。大好きな女遊びにしても、体力・精力が言うことを利かなくなってきていますから、面白味が薄らいでいたことでしょう。

もう一つ、老年の楽しみは、気の合った仲間と共通の趣味で時間つぶしをすることなのですが、秀吉とともに長年一緒にやってきた仲間たちを亡くしてしまったり、次々と追放してしまっていました。

日吉丸時代から、秀吉の成功を支えてきた側近は蜂須賀小六、前野将右衛門、竹中半兵衛、黒田官兵衛、千利休、弟の小一郎秀長などですが、竹中半兵衛は毛利との戦陣で亡くなり、秀長も亡くなり、利休も自らの命令で殺してしまいました。残るは小六、将右衛門、官兵衛ですが、彼らを次々に遠ざけてしまいます。

なぜ遠ざけたのか?

私の推理では…太閤記執筆のためだと思います。自分の功績を歴史に残そうと、過ぎし方を物語にしたくなったのでしょう。自分史を飾るためには、自分の昔を知る者が煙たい存在になります。ウソ八百の大法螺で、自分の人生を飾りたいというのは、だれしもが持つ妄想・願望ですが、それをやろうと考えれば、邪魔ものは消せ!の筋書きになります。

太閤記の執筆者は祐筆・書記官の大村幽古です。その幽古ですら執筆の途中から、あまりのばかばかしさに筆を投げ出して逃亡するほどの虚構だったようです。ノンフィクションに見せかけて、小説を書かせていたようですね。幽古に逃げられた後は、信長公記の作者・太田牛一を呼び出して、続きを書かせていたようです。

その意味では、若い時分に世話になった蜂須賀小六や前野将右衛門なども目障りです。

墨俣の一夜城の快挙は、実は、発案も実行も小六や将右衛門の手柄で、秀吉は信長とのつなぎをやっただけなのです。いわば、伝令ですね。使い走りです。もう少し格好良くいえば営業マンでしょうか。ともかくこの二人は、秀吉の情報作戦の両翼を担っていました。

情報の入手と広告宣伝、秀吉の天下取りを支えたのはこの情報作戦の巧みさなのですが、広告宣伝とは嘘情報、偽情報のばら撒きです。言ってみれば、一番汚い部分ですよね。

こういうことを知っている人間は、できるだけ早く遠ざけたいのが権力者の人情でしょう。

黒田官兵衛も同様です。秀吉の中国攻略作戦から天下取りまでのすべての戦で、作戦参謀として謀略のすべてを担当してきました。秀吉の手柄とされるアイディアのほとんどは、半兵衛、官兵衛の二人の発案です。秀吉の裏は、知りすぎています。

まずは、官兵衛が逃げ出します。隠居して息子の黒田長政に家督を譲ってしまいます。

同様に、蜂須賀小六も息子の家政に家督を譲って隠居し、逃げだします。

残ったのは前野将右衛門ですが、将右衛門が逃げ出す先に選んだのが、聚楽第の豊臣秀次のところでした。これが将右衛門の悲劇でしたね。引退したつもりが…情にほだされて、ずるずると手伝いをするうちに、秀次事件が起きて巻き込まれてしまいました。

こういうところが運というのか、人生の機微というのか、難しいところです。

戦争と城作りとお祭りが大好きな秀吉は、まず、朝鮮へ乗り出します。

三成や小西行長、それに堺や博多の商人たちの狙いは「海の道の確保」だったのですが、そのことを参加者全員に周知せずに始めてしまいましたから、戦線は膠着、泥沼です。

しかも、海の向こうですから秀吉自らは戦場に立つことができません。これでは面白くないですね。飽きます。暇をもてあまします。

飽き飽きしていたところに世継誕生ですから、秀吉は戦争のことなど頭から消えました。

頭の中は秀頼の将来をどうするかで埋められてしまいます。

まずは、関白の座を譲った甥の秀次が邪魔になります。秀次も、棚ぼたでもらった関白の地位ですから、サッサと返上してしまえばよかったのですが、一度経験した利権は惜しくなってしまいました。まぁ、それが人情です、普通の人の感覚です。

その人情の機微に付け込んで、宮廷、公家たちが暗躍します。公家にとって秀吉は、魔王・信長よりはマシですが、やはり専制君主です。

関白の座を世襲し、朝廷第一位の地位を譲りそうにありません。政権簒奪者とも言えます。さらには、天皇につながる血統だけが頼りの公家にとって、どこの馬の骨かわからぬ秀吉の系統が、朝廷を思い通りに牛耳るのでは、自分たちの立場がありません。事実、関白、内大臣、大納言、参議などの顕職を武士たちに盗られてしまっているのです。

この状態を打破するためには、秀吉の力、ひいては武士の力を弱めなくてはなりません。 朝鮮出兵…公家には結構な話です。豊臣をはじめとする武士の財力が消耗します。

凡庸な関白・秀次が跡継ぎになる…大歓迎です。秀吉の政治力には手も足も出ませんが、ボンボン育ちの秀次ならば、赤子の手をひねるように、自家薬籠中に取り込めます。事実、秀次に対してはクノイチ攻勢をかけていました。美人の公家の娘を次々に大奥に送り込み、 骨抜きにしてしまいました。三条川原で処刑された妻妾30人というのは誇張ではありません。それくらいはいたのです。ともかくも、秀吉が九州に出張している間に、聚楽第を秀次のハーレムに変えてしまっていたのです。

現代でも人間社会は全く変わることなく、浪費好きのトップのもとには浪費付きの部下が集まります。接待漬けという現象が起きます。秀吉の情報参謀であった前野将右衛門ですら、その雰囲気の中に取り込まれてしまいましたね。

こういう状況を見て、苦々しく思うのは三成を中心にする経理担当者です。朝鮮で苦労している仲間たちをよそに、湯水のごとく浪費を続ける秀次に反感が高まります。潔癖症の三成には許せなかったことでしょう。後日、秀次の悪行を暴いてやろうと、微に入り細に入り監査データを集めていたはずです。特に、三成の厳しい管理下に置かれていた大阪城の内部官僚たちは、ひがみ、やっかみも含めて不正情報の収集には熱心だったと思います。それはそうでしょう。同じ官僚仲間でも、聚楽第にいた連中は酒池肉林の宴を享受しているのですから…、癪に触りますよね。

秀頼誕生は、豊臣政権内のこういう膿が、一気に噴き出す結果になりました。

膨大なる証拠を握っている三成に、秀次は対抗するすべを持ちません。身に危険が及ぶと察すれば、公家たちは一目散に逃げてしまいます。自分たちが仕掛け人でありながら、被害者の立場を装います。「娘を押し付けた」のに、「娘を奪われた」に表現が変わります。

こういうことに関しては、公家たちは実に巧妙です。こういう技術で千年も生きてきていますからね。技術と言ったらいけませんね。欺術、偽術、妓術の類です。

木曾川の野武士から、蜂須賀小六とともに秀吉の謀略・情報・広告宣伝作戦を支え続けてきた功労者の前野将右衛門が、こういう事件で切腹させられたのは、実に気の毒でした。

【NHK大河ドラマ「天地人」をより面白く見るために!】
時代に生きる人物・世相を現代にあわせて鋭く分析した時代小説、ここに登場。
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