雪花の如く 第38編 天下の天下
文聞亭笑一氏作”雪花の如く”を連載します。NHK大河ドラマ「天地人」をより面白くみるために是非ご愛読下さい。
けいはんな都市クラブトップページ
投書欄
「雪花の如く」紹介ページ
各編と配布月日
第43編:11月12日号
第42編:11月05日号
第41編:10月29日号
第40編:10月22日号
第39編:10月15日号
第38編:10月08日号
第37編:10月01日号
第36編:09月24日号
第35編:09月17日号
第34編:09月10日号
第33編:09月03日号
第32編:08月27日号
第31編:08月20日号
番外編:08月13日号
第30編:08月06日号
第29編:07月30日号
第28編:07月23日号
第27編:07月16日号
第26編:07月09日号
第25編:07月02日号
第24編:06月25日号
第23編:06月18日号
第22編:06月11日号
第21編:06月04日号
第20編:05月28日号
第19編:05月21日号
第18編:05月14日号
第17編:05月07日号
第16編:04月30日号
第15編:04月23日号
第14編:04月16日号
番外編 :04月09日号
第13編:04月01日号
第12編:03月21日号
第11編:03月21日号
第10編:03月12日号
第09編:03月04日号
第08編:02月25日号
第07編:02月18日号
第06編:02月11日号
第05編:02月04日号
第04編:01月27日号
第03編:01月21日号
第02編:01月14日号
第01編:01月07日号

雪花の如く

第38編 天下の天下

文聞亭笑一作

上杉家生き残りの交渉で、米沢30万石を勝ち取ったとはいえ、それまでの経済規模の120万石に比べたら1/4です。会社で言えば減資、売り上げ規模1/4ですから、 当然リストラして乗り切るべきところですが、上杉は断じて首切りを避けました。

そうは言っても綺麗ごとだけではすみません。徳川との戦いのために雇い入れた臨時社員、契約社員は全員解雇です。このための退職金に、佐渡から産出した金銀を使いますが、 その額は莫大なものでした。

契約社員の大半は、上杉が入る前の蒲生家の浪人たちです。上杉の抜けた後には宇都宮に居た蒲生家が再度入ってきましたので、再就職できたものもたくさん居ます。

蒲生は、秀吉の時代に伊勢松坂30万石から会津100万石になり、そして、宇都宮19万石に減資になり、またまた、会津50万石に増資なります。僅か数年の間に、伸びたり縮んだりと為政者に翻弄されてきました。結局はお家騒動で潰されますが、人の出入りが経済規模で猛烈に激しく揺さぶられましたから、当然の結末かもしれません。

企業買収、売却などアメリカ式の経営戦略も結構ですが、内部統制を誤ると長続きはしません。心しておきたいことです。

101、「上杉家を存続させるために、この手を泥で汚すと言うことだ。 わしを、冷血漢と言うものもおるだろう。誇りを忘れた恥知らずと罵声を浴びせる者もあるだろう。だが、それがいかなる茨の道であっても、わしはおのれの信ずるところを貫き通して見せる」
「わかっております」
お船が大きく頷いた。その目が、夜行貝の如く底淡く輝き、悲哀を帯びたうるみをたたえている。
「私はどこまでも付いてまいります。ともに、地獄の炎に身を焼かれましょうとも」
聡明なお船もまた、このたびの上洛が、新たな戦いの第一歩に過ぎないことを十分に承知している。

兼続の次なる戦いは、徳川政権内に人脈パイプを作り上げることです。30万石で上杉の存続を果たしたとはいえ、いつ何時、くだらない理由を付けられて改易・取り潰しや、減俸されるか分かりません。現に、上杉の後に入った蒲生50万石も、福島正則の安芸50万石も、加藤清正の肥後50万石も、取り潰されています。

関が原で家康の東軍に参加した大名ですらそうなのですから、敵に回った上杉などは、もっと危険な環境におかれていました。内部の喧嘩沙汰一つで、減資、減資を強要されます。

ましてや、上杉家にはアキレス腱があります。 景勝と菊姫の間に子が出来ないのです。つまり、後継者選びのところで、徳川幕府に付け入られかねないのです。

したがって、兼続としては、徳川の内部情報をいかに的確につかむか、その一点に的を絞ります。家康の機嫌一つが、上杉家の将来にとって重要なのです。

兼続の選んだ相手は本多正信でした。将軍秀忠の側近です。また、正信の長男・正純は家康の側近です。本多親子とのパイプを作るために、兼続は自分の息子を廃嫡し、本多正信の次男・政重を長女・お松の婿に迎えて直江家を継がせることを画策します。

息子や娘を犠牲にしても、上杉家を存続させる…壮絶な政治ですねぇ。こういうことは、現代人には出来そうにありません。兼続的思想は、その後の江戸時代の主流の考え方になり、佐賀鍋島家の家訓、葉隠武士道につながっていきます。さらには、明治の軍人思想である「忠君愛国」につながっていきました。あまり美化してはいけませんね。

兼続も非情ですが、それに従っていくお船も…非情な決意です。

102、家臣たちの知行は、三千石の者は千石に、三百石の者は百石に、それぞれ1/3に減らされることが決まったが、彼らの誰一人として不平不満を唱えるものはなく、又、上杉家を去るものもなかった。

戦後と言うのは、いつの時代でも不景気です。戦争をすることほど浪費はありませんから、国家も、個人も、みな家計は火の車です。家は焼かれ、働き手は戦死し、その上で転勤ですからね。お金があるわけがありません。給料が減っても、辞職などしたら再就職の道はありません。仮に、腕に自信があったとしても、関が原で潰れた家の浪人たちが10万人以上再就職のための活動をしているのですから、競争が激しいのです。

例え1/3,1/4であっても、辞めるわけにはいきません。不平不満を言っても、全体のパイが減ってしまったのですから仕方がありませんね。

これは、兼続の治世が良かったと言うより、情報開示が良かったのでしょうね。上杉家の置かれている状況をオープンに、全員に知らせていたからこそだと思います。

会社が左前になってくると、粉飾決算などをして「敵を欺かんとすれば、先ず味方を欺け」などと嘘をつきますが、それをやっていては、助かるものも、助からなくなります。

しかし、給料が1/3になるのはキツイですね。生活レベルを落とすと言うことは、たとえ10%でも大変なことです。一度上げたものを下げられないのは、車の車種などで皆さんも経験していると思います。2000CCから1500CCへ、更に軽自動車へ…簡単そうでも、出来ないのです。

上杉にとって、痛手は、米の産出量よりも、佐渡の金山を失うことのほうが、遥かに打撃でした。さらに、庄内地方の、酒田の港を失う大きさは、米などとは比較になりません。

兼続が最も得意とする、商業からの収入の道が途絶えてしまったのです。 言ってみれば、営業機能を親会社に取り上げられ、製造部門しか残してもらえなくなった子会社の立場でしょうか。発展の芽が摘まれました。

103、「天下は故太閤殿下より豊臣家を譲られた秀頼様のものだ。 上杉家は、我らが主 景勝様のものではないか」
「いやそうではない」
兼続は首を横に振り、
「天下は、天下の天下だ。上杉家もまた、景勝様お一人のものではない。 国は、その国に最もふさわしい者が治める。それが、道理だ」

兼続の改革に猛反対した者が居ます。弟の大国実頼です。この部分は、兼続が実頼を説得する部分の会話です。実頼は秀吉体制の下の伏見での生活が長かったこともあって、大の豊臣びいきです。天下を簒奪した家康の天下を認めるわけにはいきません。家康の幕藩体制などは「家康の私利私欲、政権の私物化」と、頭から認めていないのです。

結局、実頼は上杉家を出奔し、高野山に隠遁してしまいます。「俺が居たら、徳川家といざこざを起こす」と自覚して、自ら身を引いたのでしょう。

この時代に、こういう例はたくさんあります。黒田家を退出した後藤又兵衛なども、その一人ですね。彼らが期待したものは…大阪の秀頼の成人後です。

「天下は、天下の天下だ」

この言葉は、200年近く後にも、上杉家に残ります。 藩主であった上杉鷹山が、養子に家督を譲るに際して書き残した「伝国の記」では以下のように述べられています。

伝国の記

ひとつ、国家は先祖より子孫に伝え候(そうろう)国家にして、我私(わたくし)すべきものにはこれなく候

ひとつ、人民は国家に属したる人民にして、我私すべきものにはこれなく候

ひとつ、国家人民のために立てたる君にして、君のために立てたる国家人民にはこれなく候

右三か条、御違念あるまじく候

景勝、兼続の伝統は、米沢・上杉家に脈々と流れ続けたのです。

なんとなく・・・リンカーンのピッツバーク演説を思い出しませんか?

Of the People, By the People,  For the People

こちらは民主主義のバイブルのように言われる言葉ですが、直江兼続の言葉も、上杉鷹山の言葉も、英訳すればリンカーンになりそうな雰囲気ですよ。

ただし、民を上から見下ろしていますから、By the People というところが欠落していますね。とはいえ、兼続の掲げた旗「愛」は人民に対する慈しみの心だったと思います。

義と愛…、ともに難しいテーマですねぇ。

政権交代した新しい総理大臣も、祖父譲りの「友愛」の旗を掲げますが、マニフェストという「義の旗」にこだわり過ぎなければよいが…と、危惧しております。

【NHK大河ドラマ「天地人」をより面白く見るために!】
時代に生きる人物・世相を現代にあわせて鋭く分析した時代小説、ここに登場。
けいはんな都市クラブホームページ運営事務局
メールアドレスの●は@に置き換えてください。