乗るか、そるか(第44号)

文聞亭笑一

英国の言いがかりで余計な時間を潰してしまいましたが、竜馬も、後藤象二郎も大政奉還策の実現に向けて活動を加速させなくてはなりません。

まずは、提案者となるべき藩侯山内容堂の説得と、上京を促すことです。主役が登場しなければ舞台は回りません。原作・坂本竜馬、演出・脚本・後藤象二郎、主演・山内容堂の大芝居が始まります。

竜馬は浦戸の旅籠で、次々と訪れてくる土佐藩の重役たちの説得に余念がありません。

この頃すでに竜馬は土佐でも有名人になっていたらしく、訪ねてくる藩の重役たちは竜馬を、昔の「坂本のよばあたれ(寝小便小僧)」の扱いではなく、「先生」と呼んでいます。

龍馬にとっては尻の穴がむず痒くなるような気分でしょうが、時勢の大きなうねりが彼らをして、竜馬の後ろにあるものに畏敬の念を抱かせたものと思います。

総理大臣の奥方が「うちの亭主みたいな小物が…」と本に書いていますが、政権交代という期待が本人の能力とは別のところで、勝手に本人を押し上げて行きます。「神輿に乗る」などとも言いますが、神輿の上で神楽を踊れるか、それとも振り落とされるか、それは本人の能力次第です。

後藤は容堂の説得、竜馬は土佐藩の重役や上士の説得と手分けをして、彼らの基盤となる土佐藩の軍隊を、京に向けて発進させようと懸命の工作を続けます。

180、竜馬が、西郷や桂と打ち合わせし後藤も了承した一事は、後藤が単に大政奉還案の紙一枚を持って上京するのではなく藩兵大隊を率いてゆくという手はずであった。その藩兵を京にとどめ、奉還案不首尾の場合はすかさず薩長とともに挙兵するという段取りになっていた。
ところが、後藤は一兵も連れず上京した。

後藤の工作は難航します。容堂は大政奉還策を「水と油を混ぜ合わせた見事な提案」と褒め、「これしかあるまい」と建白書の提出を自ら実行することを約束しますが、兵を率いての上洛は、頑として容認しません。

司馬遼太郎は「所詮は殿様のわがまま」と斬り捨てますが、容堂は先を見る目があるだけに、率いていった兵が討幕軍に組み込まれ、恩義ある徳川家に弓を引くことになると予測が出来ました。

時勢はそう動いているし、それに乗らなければならないと思いつつ、情が許さないというジレンマでしたね。山内容堂は卓越した理性を持ちながらも、それ以上に情の人だったのです。いわゆる教養人が陥りやすい落とし穴で、そこにはまり込んで身動きが取れないままに苦悩していました。鯨海酔公…鯨が海の水を飲むように豪快に酒を呷るのも、実は酒の力で理性を殺そうとしていたのかもしれません。

奉還案不首尾の場合は…であるから、大政奉還を成し遂げればいいではないかと、後藤は必死に説得しますが、「ならば兵は何のために必要か」と反論されて言葉に窮します。

容堂にとっては、大政奉還すれば徳川家も土佐藩同様の関東藩となるのだから、戦争の必要はないという意見です。しかも、新政府は「有為の人材をもってことにあたる」のだから、徳川に有為の人材がなければ政治には参加すまいともいいます。

とにもかくにも「徳川に弓引くのは嫌だ」という、半ば宗教的な想いがありますから、議論になりません。後藤は引かざるをえなかったのです。

181、驚くべきことに、この勤皇家が勤皇の一語も発しなかったことである。
「思想は別だ」という意味のことを、竜馬は何度も言い重ねた。
思想は人それぞれであってよく、議論は閑人に任せておけばよい。歴史はいまや思想や感傷を超えてしまった。もはや、このぎりぎりの段階では歴史とは物理現象のようなものである。と、竜馬が説く。

竜馬のほうが担当した土佐藩重役への説得は順調に進んでいます。高知市内に入ると武市一派の残党が「裏切り者竜馬」を狙っていますし、上士の一部も「主家に弓引く謀反人」と狙います。どちらのテロリストからも狙われる立場ですから浦戸の旅籠から動けません。それでも、高知城からは毎日誰かが来て、竜馬の時局講演会は盛況です。

ともかく、売れっ子の「先生」なのです。他藩の者ではなく、我が故郷の先生が、薩摩や長州、そればかりか朝廷を動かしてこの国のかたちを変えようとしている、こんな興奮はありません。大政奉還策は、こんな時流にも追い風を受けていました。

竜馬の師匠である勝海舟は、のちに維新の成功理由を聞かれて、次の言葉で応じます。

ことをなすは人にあり

人を動かすは勢いにあり

勢いを作るは また人にあり

「勢い」ですよね。大は天下国家から、小は子供の野球の試合まで…、勢いです。

勢いに乗れば、力の差では劣っていても不思議に勝ってしまいます。実力を十分どころか、時に、実力以上のことをしてしまいます。その逆の場合は、萎縮して実力を半分も発揮できませんから彼我の差は3倍、4倍になります。薩長土、あわせても百四十万石が、徳川四百万石を粉砕したのも、この、勢いにほかなりません。

私事ですが、文聞亭は現役時代に、この勝海舟の言葉を座右の銘代わりにしてきました。

営業の仕事などは、社員だけではなく、販売店や業者など多くの人の協力がないと成果を挙げられません。担当する市場の規模にもよりますが、キャンペーンなどはまさに勢いの勝負でしたね。システムを担当していた時代の、新システム導入プロジェクトでも同じことでした。みんなの心のベクトルが合えば、期待以上の成果が出ましたね。

理と情の融合…それが勢いになります。勢いを作るのが、リーダの仕事ですねぇ。

182、「勇気と国を思う心のあるものだけがこの銃を持つ資格がある。逆に、日本の腫物になり果てた幕府に加担しようとする者には、持たせてはならない」
土佐に倒幕の志があるなら寄贈するが、なければ却って国を損なう元だから寄贈しない、というのである。となれば、竜馬の寄付を承諾するということは、そのまま倒幕を決意したことになるであろう。

竜馬の取り出したライフル銃に、土佐の侍たちは目を見張ります。一番ビックリしたのは火薬を装てんしなくても弾丸が飛び出すことでした。しかも、その弾丸は椎の実の形をしていて、彼らが使っているウサギの糞のような形の鉛玉ではないのです。その弾丸が7発も連続的に発射できるのには、腰を抜かすほどビックリしました。

ライフル一丁で火縄銃七丁分の威力です。しかも飛距離、性能は数倍です。

目の前に涎のたれるようなご馳走を並べられては、さすがに守旧派の藩重役も色気が出てきます。しかも、竜馬は主義主張など、理屈を語らず、「利」だけを語ります。

「今立ち上がれば、土佐藩は新政府の中核となる。

逡巡すれば薩長の後塵を拝し、その命令を聞かねばならぬ立場に落ちる」

そこに「勇気」という言葉が入りますから、血の気の多い土佐人は燃え上がります。

183、実のところ永井は大政奉還こそ、徳川家を政権の桎梏から解放する天来の妙案と思い始めているのだが、ただ幕府内部を説得することに自信がない。ところが幕府内部でも最も強硬派であろうこの新撰組局長がほぼ了解し始めている様子を見て
(この案件が、或いは物になるかもしれない)
という自信と安堵を得たのである。この点、永井にとって近藤勇は科学試験紙のようなものであったろう。

後藤は、容堂に部隊の同行を拒否されたといって落ち込んでいるわけには行きません。

薩摩の西郷からは、冷たい目で見られますが、ともかく大政奉還を成し遂げるのが先決と、猛烈に根回しを加速します。

幕府の中核に決断を迫らなくてはならぬ。と、選んだ相手は永井尚志でした。

永井はすでに、非公式に竜馬から打診を受けて悩んでいました。竜馬の言う通りなのですが、幕府内部で猛反発を受けるのではないかと危惧していたのです。

そこで、彼が選んだリトマス試験紙が、なんと…新撰組の近藤勇です。このときすでに、近藤は直参旗本・将軍護衛隊長の肩書きになっています。

赤か、青か、・・・試験紙の色は「青」と出ました。GOサインです。

後藤象二郎と近藤勇…この二人は同質の性格を持っていたようです。近藤などはすっかり後藤にほれ込み、「先生」として慕うほどの心情になってしまいます。

が、それは近藤個人のことで、部下の隊士たちは虎視眈々と竜馬を付け狙います。